vol.22
写真家トニー・ウーさんの「トニーと海の物語」の第22回目です。トニーさんがこの連載を通して私たちに問いかけてくれるその問題提起はいつもユーモラスで謎に満ちています。ですので、多くはその写真をみつけると、これは一体何だろう?と思わずトニーワールドへと引き込まれずにはいられません。今回も、そう。トニーさんが連れて行ってくれる、こんな近くて楽しい冒険旅行はありません!
これ、なんだかわかりますか?
見る角度を変えたら、わかるかもしれません。よく見るのは、次のような姿ですから。
答えは、マンボウ(Mola mola)。この平べったい魚は世界中の海にすんでいます。
海にすむ硬骨魚の中でもっとも体重が重く、成長すると大きいものでは1000kgを超えます。メスが一度に産む卵は多いときで300万個にもなり、動物の中でも最多とされています。
僕にとってマンボウの一番興味深いことは、寄生生物がたくさんいて、なんと50種以上が確認されています!
上の2枚の写真は、このマンボウが僕のところまで挨拶をしにきてくれたときに撮影したもの。近づいてきたとき、頭に寄生生物がついていたので、1匹つかんではがしてみました。1枚目の写真を見ると、小さな寄生生物が何匹かいるのがわかります。よーく見てください。マンボウの顔から、細長いものがぶら下がっているのがわかりますか? 目の近くにも1本ありますね。
マンボウについていた寄生生物が、これです。
カイアシ類の一種で、甲殻類の仲間です。次の写真を見ると、体のつくりもわかります。
あなたはマンボウを見ると単一の生き物だと考えるでしょう。つまり、魚は魚。クジラはクジラ。そして、あなたはあなた、ですよね?
実はこの考え方は、まったくもって正しくありません。
ほとんどの動物は、例外はあるにせよ、肉眼では見えない細菌や、先ほどのカイアシ類のような目に見える寄生生物など、さまざまな生物群集とともに生きています。
もうひとつ、別の例をお見せしましょう。
コククジラの体についていたクジラジラミ(Cyamus scammoni)を大写しにしたものです。
このクジラジラミがクジラの鼻の穴(噴気孔)にたくさんくっつくと、こんなふうに見えます。
「うわっ、気持ち悪い!」って思いますか? でも、このように、ある生物が別の生物の体表や体内にすむのは、ごく普通のことです。
2種の生物がそのような関係にあるとき、考えられるひとつ目のパターンが、両者ともにその関係から利益を得ている場合です。第5回のコラムで、多種多様なサンゴと褐虫藻が協力関係にあるという話をしましたよね? 褐虫藻は顕微鏡でなければ見えないくらい小さな単細胞の原生生物で、サンゴを隠れ家として使い、身を守っています。そして、そのお返しに、光合成によって作り出した栄養分を宿主であるサンゴに分けてあげています。褐虫藻とサンゴの両方が利益を得ているわけです。
ふたつ目に考えられるパターンが、一方が利益を得て、もう一方がなんの利益も得ない、あるいは、なんの被害も受けない場合。
そのいい例が、次の写真のザトウクジラ(Megaptera novaeangliae)の若者と、そのお腹にはりついているコバンザメの関係です。
ザトウクジラにはりついたコバンザメは、自力で泳ぐ必要がなくなるのでエネルギーを節約でき、また、敵から襲われる危険を減らせます。さらに、運が良ければ餌のおこぼれにもあずかれます。一方、クジラの方は、おそらくコバンザメからなんの利益も得ていません。
クジラはコバンザメのせいでときどきイライラするでしょうが、深刻な被害を受けることはおそらくありません。
最後に考えられるパターンが、一方が利益を得て、もう一方が被害を受ける場合です。さきほどの、マンボウとカイアシ類の関係がこれにあたります。
このカイアシ類は、宿主であるマンボウからエネルギーと栄養分を吸いとって生きています。マンボウの体の上で成長して子どもを産み(尾のように見える長いものは、実際には成熟途中の卵が連なったものです)、その子どもたちは親と同じように宿主を探して寄生します。
寄生している生物が1匹だけなら、マンボウのような大きな動物にとってはどうということもないかもしれませんが、数十匹、数百匹に寄生されると、場合によっては無視できないほどの負担になるでしょう。
次に、この写真を見てください。
これはツノナシテッポウエビ(Alpheus frontalis)というエビですが、体から何かがたくさん生えています。
この生えているものの正体は、断定はできませんが、おそらくフクロムシ(Rhizocephalan)に寄生されたせいで生えたものじゃないかと僕は思います。フクロムシは甲殻類に寄生して生きるように特殊化したフジツボの一種です。
フクロムシのメスは、寄生するのに適した宿主を見つけると、その体内に侵入します。次に、宿主の体内で木の根のような器官を発達させて全身に張り巡らせ、宿主の主要な臓器をその「根」で覆って結合してしまいます。
宿主に寄生したあとは、成長や変態に必要な養分とエネルギーを宿主から奪います。養分を奪われた宿主は、活動を続けることはできますが、それ以上の成長はできません。
寄生した宿主がメスだった場合、フクロムシは宿主の生殖器を変化させて生殖ができないようにしてしまい、自分自身は生殖器にオスを取り込んで卵を受精させます。言い換えれば、宿主を生きながらにしてフクロムシ工場に変えてしまい、フクロムシの子どもを大量生産させるわけです。卵から幼生が孵るときが来ると、宿主を操って幼生を放出させます。放たれた幼生は、新たな宿主を見つけだして寄生するのです。
まるでホラー映画みたいでしょう?
もっとすごい話があるんです。
もしも寄生した相手がメスでなくオスだった場合、フクロムシは宿主の体や行動をメスのように変えてしまいます。宿主が初めからメスだった場合と同じように、自分の繁殖に利用できるようにしてしまうのです。
とんでもないでしょう?
これは、フクロムシの一種(Sacculina sp.)に寄生されたカニのオスです。
お腹の黄色く膨らんだ部分は、寄生しているフクロムシの生殖器です。フクロムシの本体はカニの内部にすみついて、脳と体を支配しています。このカニは生きていますし、行動も普通のカニと変わらないように見えますが、これ以上成長することはなく、自分の意志で活動することもできません。フクロムシに栄養とすみかを与え、繁殖の役に立つためだけに存在しているんです。
フクロムシとカニの関係は、明らかに一方が損失を被り、もう一方が利益を得ている例のひとつだと僕は思います。あなたもきっと同じ意見でしょう。
どうして僕がこの話をしたかって?
生命がいかに複雑で緻密なものかを理解するのに、この話が役立つのではと思ったんです。大小の生物たちの関係は、非常に複雑で多様なので、多くの場合、現実とは思えないほど奇妙なものに見えます。目に見えるのは、生物同士の関係のごく一部にすぎません。
このことは、僕たちについても当てはまります。
クジラなどの他の動物と同様、人間は数十どころか、おそらく数百、ことによると数千ものさまざまな生物の宿主になっています。
人間の体にすむ生物の中には、病原菌や、アレルギーの原因になるダニ、病気を引き起こす寄生虫など、人間にとって有害なものもいます。けれども、ほとんどは悪さをしないようですし、むしろ、多くは人間の健康や生存にとって、不可欠とは言わないまでも有益な働きをしてくれています。
それらの生物のうち、顕微鏡でしか見ることのできない微生物について考えてみましょう。最近の研究によって、人間の体には、数にして人間の細胞の10倍、数兆個の微生物がすんでいることがわかりました(1)。
自分の体の中や表面に別の生き物がすんでいるなんて、気持ち悪い、って感じる人が多いでしょうね。なかでも細菌の害については、広告やテレビ番組などで毎日のように聞かされていますから。
人の体にすんでいる微生物の中には、有害なものも確かにいます。他の細菌とのバランスがとれているうちは有益だけれど、増えすぎると有害になるものもいます。また、普段は有益でも有害でもないけれど、別の細菌と出合うと有害になる細菌もいます。
けれども、研究が進むにつれて、人体の内部や表面にいる微生物は人間にとって大切な存在らしいということがわかってきました。人間は多くの微生物に助けられて暮らしており、微生物がいなければ、体を正常に機能させることもできないようなのです。微生物の多くは人を守り、栄養を得る手助けをしています。人とともに暮らす微生物は、人間が心身を発達させ、健康を保つうえで欠かせない存在です。
さらに、それらの微生物の中には、人間の行動、判断、意識や性格にまで影響を及ぼすものもいるようです。
今回の話を通して僕が伝えたいのは、単純そうに見えることも、見かけほど単純ではないということ。僕たちを含めたすべての生物は、他の多くの生物と結びついています。ですから、単一の生物とは何かを厳密に定義することは困難です。
体の中にある細胞の90%以上が、あなた以外の生物の細胞であり、思考や行動が、多様な微生物の集合的な意向によって決定されているのなら、あなたとはいったい何者なんでしょうか?
トニー・ウー
もともと視覚芸術を愛し、海の世界にも強く惹かれていたことから、1995年以降はその両方を満たせる水中写真家の仕事に没頭する。以来、世界の名だたる賞を次々と受賞。とりわけ大型のクジラに関する写真と記事が人気で、定評がある。多くの人に海の美しさを知ってもらい、同時にその保護を訴えることが、写真と記事の主眼になっている。日本ではフォトジャーナリズム月刊誌『DAYS JAPAN』(デイズ ジャパン)の2018年2月号に、マッコウクジラの写真と記事が掲載された。英語や日本語による講演などもたびたび行なっている。
東京都出身。東京農工大学農学部卒業、同大学院修士課程修了。英日翻訳者。主にノンフィクション書籍の翻訳を行う。訳書は『RARE ナショナルジオグラフィックの絶滅危惧種写真集』(ジョエル・サートレイ著/スペースシャワーネットワーク)、『知られざる動物の世界9 地上を走る鳥のなかま』(ロブ・ヒューム著/朝倉書店)、『動物言語の秘密』(ジャニン・ベニュス著/西村書店)、『野生どうぶつを救え! 本当にあった涙の物語』シリーズ(KADOKAWA)など。
翻訳協力:株式会社トランネット