vol.11
写真家トニー・ウーさんの「トニーと海の物語」第11回目です。今回も前回に引き続きトニーさんお気に入りの海鳥の登場です!日本から遠く離れた地で暮らし、普段私たちがあまり知ることのできない行動や生活パターンが、まるで実際に、すぐ目の前で展開しているかのような臨場感で伝わってきます。この愛くるしい姿の鳥は、一体どんな毎日を送っているのでしょうか。それでは「アフリカのペンギン」をお楽しみください!!
これは、眠気と闘っているペンギンです。
僕が出会ったとき、このペンギンは「寝てはいけない!」と必死で片目だけ半開きを保っていました。でも、写真でわかるように天気が良くて、暖かな日差しが降り注ぐ絶好の居眠り日和(びより)。この写真を撮って数分後にはついに独り相撲(ひとりずもう)をやめ、肩の力を抜いて熟睡しました。僕のことを気にするより、昼寝のほうが大事だと悟ったのでしょう。
これはケープペンギン(学名 Spheniscus demersus)という種類で、アフリカ大陸南部の沿岸にだけ生息しています。
前回のコラムで紹介したパフィンよりはずっと大きいのですが、成鳥の平均は体長が60cm、体重は3.5kg、大型というほどではありません。
ペンギンは一般に、ほとんどが天敵のいない島に大規模なコロニーや集団をつくって暮らしています。
ケープペンギンは早朝に忙しい日課をこなします。目が覚めるとまずは念入りに羽づくろい。そのあと、仲間たちと大声で鳴き交わして挨拶します。
真っ直ぐ天を仰いで鳴く姿は有名ですが、この挨拶タイムがそうとうな騒音レベルに達することもよく知られています。鳴き声が、怒ったロバの声にそっくり! 英語では雄のロバを意味する「ジャッカスペンギン」とも呼ばれているくらいです。見た目はこんなに愛くるしい中型ペンギンが、およそかわいくない、ごつい声で吠え合うのですから、そのギャップには笑っちゃいます。
やがて少数のグループが集まり始め、次の日課に移ります。
いざ、海に出発!
ケープペンギンは泳ぎの名人で、潜水時間はおよそ2.5分、水深100m以上潜れることがわかっています。
もっとも、普段はそんなに深く潜る必要がありません。好物の魚の中でも、とくにイワシは水面近くで獲れますから。
実はペンギンはみんな、魚を捕まえるための秘密兵器を隠し持っているのです。次の写真で口の中をよく見て下さい。舌の上に鋭い棘(とげ)の列のようなものが見えるでしょう?
ペンギンは歯がない代わりに、この棘が喉のほうに向かって生えていて、上顎(うわあご)にも同じような棘が並んでいます。魚を頭のほうからのみ込むと、上の棘と下の棘が魚の鰓(えら)や鱗(うろこ)に引っかかるので、獲物を逃がさずに丸のみできるという仕組みです。スグレモノの小道具でしょう?
大人のケープペンギンは毎日500gほど餌を食べないと健康を保てません。とくに子育て中は、もっと大量の餌が必要になります。
前回主役のパフィンと今回のペンギンは、それぞれ地球の北と南で暮らしていますが、両者には共通点があります。
ケープペンギンは19世紀の初め頃には、生息数がおよそ400万羽と推定されていました。20世紀初頭にはそれが150万羽になり、21世紀に入った2010年では5万5千羽と激減、その後もさらに減り続けています。
パフィンのほうは生息数がもっと多くて、国際自然保護連合(IUCN)の最新の調査(註)によると、成鳥が1200万羽弱とのこと。この数字だけでは問題が見えませんが、実際にはパフィンの生息数も急激な下降線を描いていて、今後20年から30年で50%以上減るだろうと予想されています。
レッドリストではケープペンギンが「絶滅危惧種」、パフィンは「危急種」、ともに絶滅のおそれがあるグループに入っています。
種類が異なる海鳥で、生息地も地球の真反対に離れているのに、なぜこういうことが起きているのでしょう。
この問題にも原因がいろいろあって、ひとつに絞ることはできません。
例えばパフィンもペンギンも、子育てをする営巣地は、彼らにとって有害な肉食動物などがほとんどいないか、まったくいない遠隔の地です。もしそこに人間がネコやネズミを持ち込むと、卵やひな鳥が食べられるなど大きな被害が出る可能性があります。
ほかには密猟(パフィンを食べる国もあり)、海洋汚染、気象変動、また、観光化で人が集まることによる影響もあり得ます。
しかし最大の原因は、餌不足ではないだろうかと僕は考えています。
世界中で魚の数が減ってきているのです。とりわけ、パフィンやペンギンが好んで食べる、沿岸で獲れる魚の種類が。
彼らは、卵が孵化(ふか)したあとはひな鳥の分まで餌を獲ってこなければなりません。ひな鳥は日増しに食欲が旺盛になっていきますが、魚が豊富にいれば遠くまで行かなくても、親子両方の餌を十分に獲ることができます。
魚の数が減るほど、餌を求めて遠くまで行かなくてはなりません。
必要な量の餌を獲るのが年々難しくなっているのです。
彼らはともに、寒い地域で暮らしています。
僕たち人間は、冷たい海のほうが、潜って泳ぐだけで体力を消耗しやすく、小柄であるほど全身の体温も早く下がってしまいます。遠くに行けば行くほどその分の体力も必要ですから、自分自身がしっかり食べないと体が持ちません。
つまりパフィンやペンギンにとっても、遠出するほど悪循環になり、ひな鳥に満足なカロリーを与えるだけの餌を持ち帰るのが困難になるのです。
栄養状態が悪くなるとひな鳥は育ちにくく、死亡率が高くなります。
そこで、「なぜ魚が少なくなったのか」という疑問が浮かぶでしょう。
これもまた、原因をひとつだけ選ぶのは難しいですが、僕たちが関係していることもきっとあるはずです。例えば漁業では大量の魚を獲ります。当然、海鳥と同じく陸地に近いところから獲っていきます。そのほうがコストもリスクも抑えられますから。沿岸の漁獲高が減れば、だんだん遠くへ、水深の深いところへと漁の範囲を広げていきます。
僕たち人間と海の幸を奪い合うなら、海鳥に勝ち目はありません。
しかし、パフィンやペンギンのように魅力的な海鳥がもし絶滅したなら、最後に負けるのは、僕たちのほうになるのではないでしょうか。
(註)
http://www.iucnredlist.org/details/22694927/0
The IUCN Red List of Threatened Species
Fratercula arctica <VULNERABLE> VU
国際自然保護連合 「絶滅のおそれのある種」レッドリスト
ニシツノメドリ(パフィン)「危急種」(絶滅危惧II類)
トニー・ウー
もともと視覚芸術を愛し、海の世界にも強く惹かれていたことから、1995年以降はその両方を満たせる水中写真家の仕事に没頭する。以来、世界の名だたる賞を次々と受賞。とりわけ大型のクジラに関する写真と記事が人気で、定評がある。多くの人に海の美しさを知ってもらい、同時にその保護を訴えることが、写真と記事の主眼になっている。日本ではフォトジャーナリズム月刊誌『DAYS JAPAN』(デイズ ジャパン)の2018年2月号に、マッコウクジラの写真と記事が掲載された。英語や日本語による講演などもたびたび行なっている。
奈良県出身、大阪外国語大学フランス語学科(現・大阪大学外国語学部)卒業。翻訳家。エンタテインメント小説を中心に、サイエンスや社会派の月刊誌記事など出版翻訳が多い。一般の技術翻訳や、編集にも携わる。訳書は『愛と裏切りのスキャンダル』(ノーラ・ロバーツ著/扶桑社)、『女性刑事』(マーク・オルシェイカー著/講談社)、『パピー、マイ・ラブ』(サンドラ・ポール著/ハーレクイン)、『分裂病は人間的過程である』(H.S.サリヴァン著/共訳/みすず書房)、『レンブラント・エッチング全集』(K.G.ボーン編/三麗社)ほか多数。