vol.10

パフィンの意外なドジを目撃……!

写真・文/トニー・ウー 翻訳・構成/加藤しをり

写真家トニー・ウーさんの「トニーと海の物語」第10回目です。連載10回特別企画!・・・という訳ではありませんが、今回は海の中の生き物ではなく、とても愛らしく美しい「海鳥」のお話です。普段私たちが中々見ることのできない、トニーさんお気に入りの海鳥を、とっておきの写真とエピソードとでご紹介頂きました!海という共同体の立派な成員のユーモラスで可愛いその行動の一瞬をぜひともご覧ください!!

海の動物といえば普通は鳥のことまで考えませんが、本当は鳥も、海というコミュニティの重要な一員です。

 

海の近くに行けばカモメが空を飛んでいたり、どこかに並んでとまっていたりするのを見たことがあるでしょう。カモメは世界中に分布していますが、一部の地域でしか見られない種類も多く、いろんなタイプの鳥が海で暮らしています。

 

そこで今回は、簡単には見に行けない地域限定の海鳥の中から、僕のお気に入りのパフィン(ニシツノメドリ、西角目鳥 学名 Fratercula arctica)を紹介します。

 

 

色鮮やかな美しい鳥でしょう? 体長は最大でも30cmほどで、よく見かけるドバト(カワラバト)よりも若干小さめです。
彼らは冬期を中心に、1年の大半を北大西洋の海で過ごします。具体的には米国東海岸の北端メイン州以北から、北極圏のグリーンランド(デンマークの自治領)を経て、ノルウェーやアイスランド、英国に至る地域の、北極海を含む海域です。
つまりパフィンは、極寒の海で冬を過ごし、春になるとようやく陸に上がって産卵と子育てをするわけです。

 

小柄なのに、いかにタフな鳥かがわかるでしょう。

 

 

「どうしてそんなに長いあいだ、凍える海の上で暮らすの?」

 

魚が大好物だから、海にいるほうが好都合なのは確かですが、実のところ、冬場の生態についてはよくわかっていないのです。なぜならパフィンは、繁殖期以外は集団をつくらず、単独行動するタイプだから。陸地から遠く離れた広い外洋で、1羽の鳥を見つけて追跡調査するのは至難の業(しなんのわざ)という現実があります。
一体どんなふうにして生き延びているんでしょうね、僕も知りたいです。

 

でも、彼らが泳ぎの達人であることはわかっています。海に潜ると短い翼をヒレ代わりに使い、飛ぶように泳ぎます。敏捷(びんしょう)に動き回らないと、潜水可能な最長1分間で魚を獲ることはできません。

 

水中では飛び回れるアスリートのパフィンですが、空中ではなんとも不器用な面があって笑えます。詳しくはあとで触れますが。

 


この鳥を観察する最高のタイミングは春から夏です。成鳥が産卵と子育てのため、陸地に大集合して巨大コロニーが出現します。そこは、彼ら自身が生まれ育った故郷でもあるのです。

 

 

この繁殖期には、くちばしの色が美しい赤とオレンジと褐色に変わり、脚の色も鮮やかになって、ひときわ目立つ鳥に変身します。冬は全身がもっとくすんだ地味な色で、顔も灰色です。「角目鳥」という名前は、目の周りにある特徴的な黒い模様が角(つの)に見えることに由来しますが、これも、顔が白くなって初めて目立つようになります。

 

 

この時期のパフィンをコロニーで観察すると、とても微笑ましくてハッピーな気分になります。

 

彼らは一夫一婦制で、寿命およそ20年の生涯を通じ、毎年同じパートナーと子育てをします。長い冬を海で暮らしたあと、生まれ故郷に帰ってパートナーと再会し、前の年に自分たちが使った同じ巣に入る、というのが普通のパターンです。巣が壊れたカップルや新居を作る新婚さんは、カップルの一方がくちばしで地面にトンネルを掘り、水かきのある足で土を蹴り出します。パートナーはそのあいだ見張り番をすることもよくあります。

 

カップルは頻繁に愛情表現をします。お互いに顔を左右に振りながら近づいて、くちばし同士を小刻みにカタカタと打ち合わせます。この「ビリング」と呼ばれる行動によって、カップルの絆が強くなるようです。とても愛らしい仕草で、僕はいつも見とれてしまいます。

 

 

トンネルの巣を居心地よくするために、楽しそうに草を集めるカップルもいます。
生えている草は、口でくわえて両足を力いっぱい踏ん張って引っこ抜きます。普通に草が抜ければ予定通り巣に運んで行けるのですが、ときどき草がいきなりスポッと抜けると、勢い余ったパフィンは後ろに吹っ飛んで、地面を転がりながら草を全部ばらまいてしまいます。
でも、ショックの余韻がおさまると立ち上がり、汚れた体をきれいにしてから、めげずにまた別の草に挑戦!

 

この光景にはほんと、笑わずにはいられません。

 

 

パフィンにはユーモラスな意外性がいろいろありますが、長距離を移動する渡り鳥にしては飛び方があまり上手ではない、というのもあります。
僕はその決定的な出来事を目撃しました。

 

ある朝、崖の上で地面に腹ばいになって、近くの群れを撮影していると、大きな音が聞こえました。壁に枕を投げつけたような音です。周りを見回しましたが、べつに変わったことはなく、空耳だったのかなと思って目の前のパフィンたちに焦点を戻しました。

 

数分たって、また「ドスン!」と大きな音。でも、いくら見回しても異変は見つかりません。そうか、この崖下の岩場に大波がぶつかるんだなと思い、再びファインダーに集中しました。

 

ところが、またしてもあの音! 空耳ではない、波の音とも違う! 今度こそ、絶対何かあると確信しました。
そこでカメラを置き、原因を突き止めようと決めました。

 

延々と待つうちに、やっと謎の音の正体を発見!

 

海から戻って来たパフィンが、崖の途中にある小さな草むらに着地しようとして的を外し、崖におなかをぶつけてしまったのです。
パフィンは転がり落ちながら必死で羽ばたいて岩壁を離れ、どうにか上空に舞い上がりました。しばらく輪を描いて体勢を立て直すと、再び草むらに向かって飛んで来ました。

 

「ドーン!」。またもや崖に腹をぶつけて大失敗。なんてドジな……!

 

でも、安心して下さい。この鳥はさらに2回挑戦し、ようやく着地に成功、無事ねぐらに帰ることができました。
パフィンは飛ぶスピードは速いのですが、こういう不器用なところもまたかわいくて、心がなごみます。

 

 

次回も、僕のお気に入りの海鳥を紹介します。地球の反対側で暮らす種類ですが、パフィンとの共通点があります。お楽しみに!

 

TONY WU(写真・文)

トニー・ウー

もともと視覚芸術を愛し、海の世界にも強く惹かれていたことから、1995年以降はその両方を満たせる水中写真家の仕事に没頭する。以来、世界の名だたる賞を次々と受賞。とりわけ大型のクジラに関する写真と記事が人気で、定評がある。多くの人に海の美しさを知ってもらい、同時にその保護を訴えることが、写真と記事の主眼になっている。日本ではフォトジャーナリズム月刊誌『DAYS JAPAN』(デイズ ジャパン)の2018年2月号に、マッコウクジラの写真と記事が掲載された。英語や日本語による講演などもたびたび行なっている。

加藤しをり(翻訳・構成)

奈良県出身、大阪外国語大学フランス語学科(現・大阪大学外国語学部)卒業。翻訳家。エンタテインメント小説を中心に、サイエンスや社会派の月刊誌記事など出版翻訳が多い。一般の技術翻訳や、編集にも携わる。訳書は『愛と裏切りのスキャンダル』(ノーラ・ロバーツ著/扶桑社)、『女性刑事』(マーク・オルシェイカー著/講談社)、『パピー、マイ・ラブ』(サンドラ・ポール著/ハーレクイン)、『分裂病は人間的過程である』(H.S.サリヴァン著/共訳/みすず書房)、『レンブラント・エッチング全集』(K.G.ボーン編/三麗社)ほか多数。