vol.9
写真家トニー・ウーさんの「トニーと海の物語」の第9回です。これまでとはまた一風変わった海の生き物の登場です!自然界で暮らす海の中の生物たちが普段どんなランチタイム(?)を過ごしているのかは私たちはほとんど知ることができません。今回、トニーさんの写真と文章がその秘密の一部を解き明かしてくれます。ワクワクします。愛嬌たっぷりの腹ペコな元気者の登場!「もじゃもじゃハリーの奮闘 本当にあった昔話」をお楽しみください!!
むかしむかし、あるところに、ハリーという名前の毛むくじゃらなフロッグフィッシュ(和名 カエルアンコウ、蛙鮟鱇)がいました。普段は、何事も我関せずであまり動きませんが、食いしん坊なので、おなかが空くとのそのそと出歩きます。胸びれと腹びれを足にして、上手に歩ける魚なのです。
ある日の昼時、何かおいしいものが引っかからないかなと、疑似餌(ぎじえ)のようなエスカをときどきふりふりしながら、海底を歩いていきました。
「おっ、何かいるぞ」
かすかに盛り上がった砂の下に、カレイが隠れていました。近づいてのぞき込むと……
残念! 大きすぎます。運悪く、ハリーより大きなカレイでした。
「挑戦してもいいけど、時間のムダだろうな」
せっかくのグルメランチだったのに、ガッカリ。
でもハリーは落ち込んだりしません。もっと手頃な餌を探そうと、また歩き始めました。
次に見つけたのは小さめのシャコ。
ハリーのエスカがひらひらクルクルします。そのかわいい動きに、シャコは思わず見とれましたが、その手には乗らないよとばかりに、ぴょ〜んとひとっ飛び。一瞬でハリーの目の前から消えてしまいました。
ハリーは呆気(あっけ)にとられて、まだエスカをクルクルふりふりし続けています。
「やれやれ、まだ昼メシにありつけないなんて」
もう腹ペコでうんざり! 大あくびが出ました。
でも、ハリーはめげずに餌探しを再開します。
今度は、やたらと細長いヨウジウオがやってきました。
「大好物とはお世辞にも言えないよなあ」
ハリーは迷いましたが、もうゼイタクを言っている場合ではありません。何も食べないことに比べたら、ヨウジウオのほうがまだましです。
「よしっ、行くぞ!」
ピュン!! 目にもとまらぬ早業(はやわざ)でした。
普段の動きからは想像もできない、稲妻のような速さで、ハリーはヨウジウオの頭をくわえ込みました。
案の定、獲物は極細の魚なので、骨と筋ばっかり。
ヨウジウオのほうはもうたいへん、死にものぐるいで大暴れ。
ぐるぐる回るとハリーもぐるぐる。2匹が一緒になってあっちへ飛んだり、こっちにはねたり。
ハリーも必死です。振り回されながらも、少しずつのみ込んでいきます。
「ここまでくれば、こっちのもんだ」
「うわっ! おっとっと」
ヨウジウオは手ごわい相手で、なおも激闘が続きます。
「まだ暴れるのか、信じられん!」
やっとのことでのみ込んで、あとは小さな尻尾だけ。
もぐもぐするうちに、ハリーの動きが止まりました。ちょっとひと休み。
「うー、苦しい……」。おなかがパンパンで、今にもはちきれそう!
おまけに、おなかがじゃまになって、ヒレの足が地面に届かなくなってしまいました。
ヨウジウオの味は予想通りでしたが、長さは予想をはるかに超えていたのです。
こうなったら泳ぐしかありません。
ほどなく、おあつらえ向きのものが見つかりました。
ココナツの殻!
いそいそとよじのぼります。
ふくらみすぎた体もスッポリはまって、なんとも快適なベッド!
ハリーは大満足で、気持ちよくお昼寝しましたとさ。
めでたし、めでたし。
トニー・ウー
もともと視覚芸術を愛し、海の世界にも強く惹かれていたことから、1995年以降はその両方を満たせる水中写真家の仕事に没頭する。以来、世界の名だたる賞を次々と受賞。とりわけ大型のクジラに関する写真と記事が人気で、定評がある。多くの人に海の美しさを知ってもらい、同時にその保護を訴えることが、写真と記事の主眼になっている。日本ではフォトジャーナリズム月刊誌『DAYS JAPAN』(デイズ ジャパン)の2018年2月号に、マッコウクジラの写真と記事が掲載された。英語や日本語による講演などもたびたび行なっている。
奈良県出身、大阪外国語大学フランス語学科(現・大阪大学外国語学部)卒業。翻訳家。エンタテインメント小説を中心に、サイエンスや社会派の月刊誌記事など出版翻訳が多い。一般の技術翻訳や、編集にも携わる。訳書は『愛と裏切りのスキャンダル』(ノーラ・ロバーツ著/扶桑社)、『女性刑事』(マーク・オルシェイカー著/講談社)、『パピー、マイ・ラブ』(サンドラ・ポール著/ハーレクイン)、『分裂病は人間的過程である』(H.S.サリヴァン著/共訳/みすず書房)、『レンブラント・エッチング全集』(K.G.ボーン編/三麗社)ほか多数。