vol.7
写真家トニー・ウーさんの「トニーと海の物語」第7回です。これまでにトニーさんが出会ってきた、時にユーモラスで愛情豊かな海の生物たち、その交歓、とっておきのエピソード。表面上は見えにくい大自然の精緻な成り立ち、その深い営み。それぞれ束の間日常の喧騒を離れ、思いを馳せてきました。自然界で「普通」だと思ってきたことが実は奇跡的で絶妙なバランスの上に成り立っていた。当たり前にそこにあると思っていたことが当たり前ではなかった、そう気づかされた時に、その先に待っているものは・・・?
あなたは使用済みのペットボトルをどうしていますか? たぶんリサイクル用のゴミに出していますよね。
では、回収されたペットボトルはどんなふうになるか、知っています?
「ゴミの分別方法は知ってるけれど、ゴミの行方なんて自分には関係ないから」と思う人が多いんじゃないでしょうか。
本当に関係がないならいいのですが、僕自身は、「他人事(ひとごと)ではない」と感じる現実をたくさん見てきました。そこで今回は、あえてゴミの問題を取り上げ、僕の写真と体験談を交えて説明しますので、一緒に考えてみませんか?
実はゴミ問題の中でも、とくに海洋汚染がとても深刻な事態になっています。今や世界中が、「さすがにこれはヤバイ、なんとかしないと!」とあせり始めているくらいです。
有名な科学雑誌『ネイチャー』が2013年に、ゴミについての研究論文を掲載しました。
それによると2000年の統計では、都市に住む人が世界人口のほぼ半分を占め、彼らが出す固形ゴミの量がものすごい規模になっているのだそうです。(*1)
都市に住んでいる人は多いですよね、僕もそうです。都市部のほうが平均年収が高くて購買力があり、消費が活発なわけですから、当然ゴミも多くなる。これは想像できます。
問題は、ゴミの量です。
論文によると、都市人口から出るゴミが1日でおよそ300万トン(30億kg)とのこと。1年間ではなんと、10億トン(1兆kg)以上!
これがどれくらいの量なのか、想像できますか? 僕には見当もつきません。
さらに困ったことには、ゴミの増える勢いも年々ひどくなっているというのです。
これは18年前の統計なので、今はもっとすごい量になっているでしょう。
一般に、食べ残しなどの生ゴミは焼却されるか、埋め立てられます。それ以外のゴミは、一部はリサイクルされるものの、ほとんどが、最後には捨てられるんだそうです。土の中に、川に、湖に、そして、そうなんです、海にも。
ゴミの中身はさまざまですが、最悪なのが、プラスチック類です。
例えば誰かがバナナを食べて、その皮をポイと海に捨てたとします。それならべつに問題はないのです。
「本当に? もしたくさんの人がバナナの皮を海に捨てたら? それが浜辺に打ち上げられると腐って、ひどい臭いがするのでは?」
いえいえ、ここで大事なポイントは、「バナナの皮は腐る」ということなんです。腐るなら、環境への影響はまったく問題ありません。
なぜなら、バナナの皮などの植物は、動物と同じ天然の「有機物」なので、自然環境の中ではバクテリアのような微生物が分解してくれるからです。これを一般には「腐敗」といいます。
平たく言えば、バナナの皮は微生物の餌になり、やがて食べ尽くされて消えます。でも栄養分に姿を変えて、微生物を餌にする他の生物の命を支えます。こうして命から命へと、生態系の循環に還(かえ)ることができるのです。
腐敗のプロセスの中ではたしかにいやな臭いも出るけれど、有機物なら微生物がきれいに食べて片づけてくれます。
しかし、プラスチックは違います。
もし誰かがペットボトルを海に捨てると、そのペットボトルはずっと残ります。何百年、もしかしたら何千年も……!
プラスチック類は、人間が人工的な化学結合を使って発明した、半永久的な耐久性を持つ丈夫な素材だからです。自然界には存在しない合成化合物なので、地球上の生物は、その化学構造を分解して餌(養分)に変える力を持っていません。餌として食べることができないということは、片づけることもできないわけです。
つまりプラスチックの大問題は、「腐敗」ができない物質だということ。
具体的には、プラスチック類のゴミは減ることも消えることもなく、捨てられた場所で半永久に残り続けます。
「どうしてそれが問題なの?」
単純なことを言えば、たまり続けるゴミは、見た目がどんどん醜(みにく)くなります。
でも、もっと現実的な問題は、僕たちの捨てたゴミが、他の動物の命を奪うということです。
最近、スペインの海岸にマッコウクジラの死体が打ち上げられました。その胃袋の中身を研究者が調べたところ、プラスチックやロープなどのゴミが全部で29kgも入っていました。そのためにクジラは消化もできず激やせし、内臓を壊して最後は腹膜炎で死亡したようです。(*2)
悲しいことに、これはほんの一例です。海ではこういうむごい事件が頻繁に起きていて、クジラやイルカ、カメ、魚などが毎日のように、僕たちの出すゴミのせいで命を落としています。僕自身、何度も目撃してきました。
例えば、この写真を見て下さい。
これはシロナガスクジラ(白長須鯨、学名 Balaenoptera musculus)の尻尾です。ロープが巻きついていて、その先に漁網や発泡スチロールやプラスチックが絡みついています。ここには写っていませんが、ほかの部分にもゴミが絡まり、深い切り傷があちこちにありました。このクジラはすでに衰弱していて、死が迫っていることは明らかでした。
次の写真は、大きなゴミの塊(かたまり)が、浮き島のようになって漂っているところです。
ここで、雌のヒメウミガメ(姫海亀、学名 Lepidochelys olivacea)が動けなくなっていました。
ヒメウミガメは後肢(あとあし)が両方とも、ロープや漁網でがんじがらめになって、パニックで消耗しきっていました。このままだとすぐに命が尽きるはずです。
でも、このウミガメは幸運でした。僕は同行していた友人たちと懸命にこの子をなだめながら、長い時間をかけてゴミの罠(わな)を切り離し、救出に成功したのです。
解放されると同時に大あわてで逃げていくだろうと思っていたら、彼女はなんと僕のそばから離れず、ほっとしたように休んでいました。それから20分ほど僕たちと一緒に泳いだあと、何度か大きく息を吸い込むと、青い海底へと消えていきました。
こういった動物の命を脅かす問題以外に、実はもっと深刻な問題があります。
プラスチックのゴミが、肉眼で見えないほど小さな粒になって、世界中の海に猛烈な勢いで広がってきているのです。
プラスチックは人工的に化学合成された物質なので、微生物には分解できないと書きましたが、ペットボトルや発砲スチロールのトレイなどは簡単に壊れますよね。プラスチック製品のゴミは、波にもまれてゴミ同士がぶつかったり岩にぶつかったりしても壊れます。太陽光の紫外線にも影響を受けてだんだん細かい破片になり、いずれ顕微鏡でしか見えないほどの微粒子になります。
でも、どんなに小さくなっても、プラスチックとしてずっと残り続けることは変わりません。バナナの皮のように、自然界に還ることはできないのです。
では、小さくなったプラスチックの粒(マイクロプラスチック)はどうなるでしょう?
恐ろしいことに、小動物は餌と間違えて、プラスチックの粒を食べてしまうのです。その小動物は中型動物の餌になり、中型動物はやがて大型動物に食べられます。
この食物連鎖のピラミッドを一段登るごとに、消化されないプラスチックは着実に移動していき、最後は大型動物の体内にたまっていくことになります。
食物連鎖の頂点に君臨する動物の中には、事実上、僕たち人類もいます。
世界中がこの海洋汚染の対応にあせり始めた理由のひとつは、ここにあります。
以上を簡単にまとめてみましょう。
人間は知恵と技術を使って、プラスチックという新型人工素材を発明しました。その素材は丈夫で便利で安上がり、でも、自然界には還元できない、半永久に残る物質だったのです。
一方、都市部に集中した人々は大自然との距離が遠くなり、使い捨てに慣れてプラスチックのゴミをどんどん増やしてきました。自然界に重大な影響を及ぼすとは想像もしないうちに、海に流れ込んだプラスチックは着々と蓄積されていきました。そしてゆっくりと環境を蝕み、生態系のバランスを乱し、時に動物たちの命を奪ってきました。
しかも、今やプラスチックのゴミは小さな粒へと変身しつつあり、人目に触れることなく密やかに、食物連鎖のピラミッドを登ってきているのです。
いつの日か……いつの間にか、自分の捨てたプラスチックが、自分の胃に?!
註(英語サイト)
(*1) Environment: Waste production must peak this century
Daniel Hoornweg, Perinaz Bhada-Tata & Chris Kennedy
30 October 2013
Without drastic action, population growth and urbanization will outpace waste reduction, warn Daniel Hoornweg, Perinaz Bhada-Tata and Chris Kennedy.
https://www.nature.com/news/environment-waste-production-must-peak-this-century-1.14032
環境:今世紀にピークを迎えるゴミの排出量
「世界の人口増と都市化によって悪化するゴミ問題は、減量対策だけでは追いつかない。抜本的な改善策の実行が必須」とダニエル・ホーンウェグらが警告。
(*2) Plastic pollution killed sperm whale found dead on Spanish beach
Marine mammal had 29 kilos of plastic in its stomach, blocking its digestive system and leading to its death
Saturday 7 April 2018 10:33
https://www.independent.co.uk/environment/plastic-pollution-killed-sperm-whale-dead-spain-beach-bags-blue-planet-a8293446.html
プラスチック汚染に殺されたマッコウクジラ スペインの海岸に漂着
胃の中にプラスチックごみ29キロ 消化器系が閉塞したことにより死亡
トニー・ウー
もともと視覚芸術を愛し、海の世界にも強く惹かれていたことから、1995年以降はその両方を満たせる水中写真家の仕事に没頭する。以来、世界の名だたる賞を次々と受賞。とりわけ大型のクジラに関する写真と記事が人気で、定評がある。多くの人に海の美しさを知ってもらい、同時にその保護を訴えることが、写真と記事の主眼になっている。日本ではフォトジャーナリズム月刊誌『DAYS JAPAN』(デイズ ジャパン)の2018年2月号に、マッコウクジラの写真と記事が掲載された。英語や日本語による講演などもたびたび行なっている。
奈良県出身、大阪外国語大学フランス語学科(現・大阪大学外国語学部)卒業。翻訳家。エンタテインメント小説を中心に、サイエンスや社会派の月刊誌記事など出版翻訳が多い。一般の技術翻訳や、編集にも携わる。訳書は『愛と裏切りのスキャンダル』(ノーラ・ロバーツ著/扶桑社)、『女性刑事』(マーク・オルシェイカー著/講談社)、『パピー、マイ・ラブ』(サンドラ・ポール著/ハーレクイン)、『分裂病は人間的過程である』(H.S.サリヴァン著/共訳/みすず書房)、『レンブラント・エッチング全集』(K.G.ボーン編/三麗社)ほか多数。