三条本家みすや針の「針」| 「みすや針の暖簾をくぐったら針がようなる」、伝統と誇りが息づく針の老舗。

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三条本家みすや針の「針」| 「みすや針の暖簾をくぐったら針がようなる」、伝統と誇りが息づく針の老舗。

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1年を通して多くの観光客が訪れる京都三条通り。きれいに整えられたアーケードのあるこの商店街に、400年の歴史を今に伝える針の店「三条本家みすや針」があります。ギャラリーなどが設けられているみすやビルの1階、奥へと続く細い通路を通り抜けると、その先には手入れの行き届いた庭と柔らかい灯りが漏れる建物が。「ほっこりとした気分で、お気に入りの針を見つけていただきたい」、当主ご夫婦がそんな気持ちを込めたお店です。

撮影:石川奈都子 取材:平岡京子

品質へのこだわりと使う人への思いやりを感じて針を選ぶ

400年以上の歴史の重さに少し緊張して店内に足を踏み入れると、18代目当主の福井浩さんが、満面の笑みと明るい声で迎えてくださいました。


▲季節ごとに咲く花や小鳥たちがお客さまにも喜ばれている美しい庭。その奥にあるのが三條本家みすや針本店。


▲針にまつわる長い歴史をわかりやすく楽しく解説する、18代目当主の福井浩さん。

たくさんの針やお裁縫にまつわる品々が並ぶ店内で、やはり最初に目に飛び込んでくるのは、使い込まれた木箱にびっしりと並べられたみすや針です。


▲針の種類と長さで細かく揃えられたみすや針。

店名にもなっているみすや針は和裁のための和針で、針の長さは2.5mm単位で細かく揃えられ、使う人の手の大きさや癖に合わせて細かく選べるように配慮されています。

針の選び方は、女将さん手づくりの針山に刺されているたくさんの見本の中から針を手に取り、実際に手を動かしてみて、一番手に馴染む長さの針を選びます。その他にも、メリケン針、刺しゅうやキルト用の針など、上質な各種の針が揃えられています。


▲針山に刺されている見本を手に取って、自分に合う物を選べるように、たくさんの針が用意されている。


▲店内には、いずれも美しく伝統的な色柄の布が使われた針山や裁縫箱などがところ狭しと並んでいる。海外からのお客さまが喜んで買い求めて行くというのもうなずける。

そして、女将さんが使う方の目線で本物にこだわって整えた、各種のお裁縫セットもとても愛らしく使いやすそうで目を引きます。中でも、小さな桐箱に入った携帯用の裁縫道具(店内販売限定)や、女将さんが愛用しているおすすめの針各種と限定品の糸切りばさみを組み合わせた「七つのお道具」といった、針のプロであるみすや針ならではのオリジナリティあふれるお裁縫セットが人気です。


▲人気の高い、桐の小箱に入った携帯用のお裁縫道具(店内販売限定)や、初めてのお裁縫道具にぴったりの「七つのお道具」セットなど。どの品も上質さを感じさせる。


▲数に限りがあるために店頭でしか買い求められない、子犬や花など飾りのついたまち針と針山。

ショーケースの中には、貴重な針や多くの資料が保管されています。明治に開催された京都博覧会に展示された針や珍しい5つ穴の針など、現在では再現が難しい品も収められ、お裁縫好きにはたまらない魅力があります。


▲珍しい5つ穴の針は、複数の色糸を通して十二単衣を縫うためのもの。大変に細かく精密な技術で、今ではつくることは困難。

 

宮中の御用針司として始まったみすや針

♪ 水、水菜、女、染め物、みすや針、
        お寺、竹の子、うなぎ、まつたけ ♪

みすや針は、このように京都の名物として歌にも歌われてきました。

その歴史は、1651年に宮中の御用針司となり、1655年には、後西院天皇より「みすや」の屋号を賜ったのが始まりです。この屋号は、清めの意味と、貴重な針づくりの技術が漏れないようにするために、御所の御簾(みす)の中で仕事をしたことからつけられたものです。


▲明治時代の官許商標(政府の許可を得た商いの商標)、繊細な彫りが施された美しい看板が今も店内に飾られている。

明治の初期に「京の魁(さきがけ)」という本が刊行されました。今もお店に保管されているこの本には、いろいろな業種のお店が絵入りで紹介され、その中に当時のみすや針の様子も描かれていました。

▲写真上・明治初期のみすや針の様子がわかる貴重な写真。写真下・「京の魁」の中に収載された、みすや針についての絵と解説(手前は原本、後ろ側はコピー)。

「みすや針のある場所は、今と変わらず東海道五十三次の始点となる京都三条大橋のたもとでした。東海道は産業道路としての役割を担う活気ある道でしたから、みすや針の店先には旅の商人たちがたくさん集まったんやそうです。店の隅には、旅人にお茶を振る舞うための茶釜が置かれ、店の奥にはお手洗いまでつくって旅のお客さまにお貸ししていました。人が集まる場所をつくろうと考えていたんでしょうねぇ」と福井さん。

店先でゆっくりとお茶をいただいて、気持ちよく、留守を守っている奥様へのお土産として針を購入する。かさばらず、役に立つみすや針は大変に喜ばれ、多くの旅人たちの手を経てその評判は全国に広まって行きました。


▲明治の頃の店先にあった茶釜は、今もみすや針の庭に大切に置かれている。

 

明日へつながるこだわりのものづくり

その昔、針は御簾の中でつくられていましたが、江戸時代になると、兵庫県浜坂や大阪の堺から職人が製品を売りに来るようになりました。みすや針の厳しい眼鏡にかなう上質なものだけが買い取られることから、「みすや針の暖簾をくぐると針がようなる(良くなる)」、そんな風に言われてきたのだそうです。


▲当時、使われていた秤が大切に店に残されている。年季の入った美しい秤だ。

みすや針では、針は小さな刃物だと考えられています。刀と同様に、針は鉄を鍛えてつくり出されるものなのです。その厳しいものづくりは、目には見えない細部へのこだわりに現れています。針先には、目には見えない程の角度がつけられています。これは先端を尖らせすぎて繊維を切ることなく、スムーズにくぐり抜けられる針にするためのこだわり。針の表面に細かい縦筋がついています。これは、繊維を通るときの摩擦を減らし、布通りを良くするためのこだわり、というように。


▲針を保管するためのオリジナルの桐箱は、新旧いずれも味わいのあるデザイン。

良質な針をより長く使っていただくために、みすや針では正しく保管する方法や、使い終わったときの処分の仕方まで、お客さまにお伝えすることも欠かしません。

「針はきっちり閉まる桐の箱に入れておくと、錆びにくく、長持ちします。古くなったり折れた針は瓶などにためておいて、お庭などの土に埋めるのがおすすめです。みすや針は鉄で出来ていますから、錆びて、やがて自然に土に返って行くんです」

高価なものでなくても、普段使いの日用品でも、こだわりのある良品を選ぼうとする気持ちが良品と出会わせてくれる。ふっとそんなことを思いました。せっかく今も良いものがつくり続けられているのですから、自ら足を運んで出会いを楽しんでみたいものです。

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