加藤容子さん(後編)|ほしいものを自分でつくれたときの喜びと達成感。縫い物の魅力はそこにあります。

加藤容子さん(後編)|ほしいものを自分でつくれたときの喜びと達成感。縫い物の魅力はそこにあります。

前編では、加藤さんのミシンや道具のお話、著書への思いをお聞きしました。後編ではお仕事や洋服づくりについてお伝えします。

撮影:奥 陽子  取材・文:庄司靖子  協力:JUKI販売株式会社

縫製家として活躍中の加藤さんですが、そもそも縫い物を始めたきっかけはどんなことだったのでしょうか。

 

背が高くて、既製服が合わなかった

「母が洋裁学校を卒業していて、洋服やバッグなどを家でつくるのが当たり前の環境だったんです。物心ついたときから手づくりが身の回りにありました」

そんな環境のなか、もうひとつ、加藤さんの関心を洋服づくりへと向かわせたことがありました。それは、小さいころから背が高く、既製の洋服ではぴったり合わなかったこと。「いいなと思う服を見つけても、丈や袖が短くて。あと10cm長かったらな。そんなことがよくありました。でも、母に頼むと縫ってくれるので、自然と、ほしい服があったら縫えばいいんだ、と思うようになったんです」


▲リネンのブラウスとスカートは販売用の作品。子ども用のワンピースは試作品。

 

洋裁学校の講師を経て、在宅の縫製スタッフに

手づくりが身近にある環境で育った加藤さんは、高校生のときには自分で洋服を縫うようになり、大学進学、就職という経験を経て、やがて洋裁学校へ通い始めます。その後、洋裁学校の講師やブティックの縫子としての仕事も担いますが、結婚を機に一度退職します。


▲洋裁学校時代に練習していたまつり縫いや裁ち目かがりなどの基礎テクニックを施した布。今でも保存している。

再び洋裁の世界に戻ってきたのは、子育てしながら少しだけ自分の時間が持てるようになったころ。「たまたま手芸雑誌を見ていたら縫製スタッフを募集していて、これなら在宅でできるかもしれないと思い、応募したら採用してもらえたんです」。これが現在の仕事の第一歩となりました。


▲「リネンって、洗っていくうちにだんだんなじんできて風合いも出てくる、育っていく生地ですよね。そんなところが好きです」


▲ネイビーとチェリーレッドのブラウスは生成りと色違いでつくった販売用の作品。袖のギャザーと立ち襟のデザインがアクセント。

 

雑誌の仕事は読者層を考えることが大事

加藤さんは現在、雑誌に掲載する洋服や小物などの作品制作、ワークショップ、展示即売イベント、メーカーとのキット開発などを主な仕事としています。中でも最も比重を占めているのは雑誌の仕事。それも7割が洋服のつくり方だそうです。

「手芸誌の編集部から依頼されて仕事が始まるのですが、デザインや使う素材、季節やコンセプトなどはある程度決まっているので、そこから企画に合うもの、また読者層はどのあたりかなどを、編集の方と話し合っていきます。例えばこの企画なら袖があったほうがいいとかワンピースのほうがいいなど、アイディアを詰めます」


▲ボディにトワルを合わせて仮縫い。どんなに単純なデザインでもこの作業を省くことはないのだそう。

「そしてここがとても大事なのですが、簡単に縫えるかどうか、初心者でも縫ってみようと思えるかどうか、ということを考えます。デザインが固まったら、今度は製図を描いてトワル(形を決めるためシーチング地で仮縫いしたもの)をおこします」

お話を聞いていると、デザインを決めて縫うまで何度も話し合いを重ね、修正し、完成までの道のりがとても長いことがわかります。でも加藤さんは、「遠回りのようで、実はこの工程を踏むことが近道なんですよ」と教えてくれました。

 

つくるのは、結局、自分が着たい服

販売するために作品をつくることは稀だという加藤さんですが、イベント出展に向けてつくるときは「結局いつも自分が着たいと思う形をつくっている」と言います。

「流行も多少気にはなりますが、手づくりの服は長く着たいですし、お買い上げくださった方にも長く着ていただきたいので、定番の形に落ち着くことが多いです。素材も、経年変化を楽しめるようなリネンやコットンを使うことが多いですね。 “私はこんな服が好きなのですが、皆さんはどうですか?”という思いでつくっています」


▲以前雑誌に掲載されたというキャミソールは肩紐がリボンになっていて愛らしいデザイン。


▲女の子の服の本をたくさん持っていて、いろいろ縫いたくなるという加藤さん。リバティ生地のワンピースも雑誌の仕事でつくったもの。

 

洋服をつくってみたい人の手助けができれば

加藤さんが販売用の洋服をあまりつくらないのはなぜなのでしょうか。

「つくったものを売るのも手づくりのよさを広める方法だと思うのですが、それよりも私は、手づくりする人を増やすとか、手づくりに少しでも興味のある人に、もっと興味を持ってもらうということのお手伝いをしたいんです。裁縫の経験はほとんどないけれど、洋服をつくってみたいと思っている人がいたら、その手助けをしていきたいと思っています。そしてそれがとても楽しいですし、やりがいがあるんです」


▲雑誌の仕事の際に提出しているデザイン画。「私は絵が得意ではないので、ラフ画に説明文を書き込んでお伝えするようにしています」

 

裁縫のきっかけづくりとしてのワークショップ

手づくりを始めるきっかけとなる窓口を増やしていきたい、という加藤さんにとって、ワークショップもその手段のひとつです。

「以前お教室で講師をやらせていただいたとき、初心者の生徒さんが初めてタイトスカートを仕上げた瞬間、お顔がパーっと明るくなったんです。そのときの表情が忘れられなくて。縫えた!完成した!というときのワクワクやドキドキを共有したいんですね」


▲味のある人形たちは、二人の息子さんが小学校低学年のときにつくったもの。今でもミシンの横に置いてあるそう。

でき栄えや完成度の高さよりも、自分で縫えた!という達成感。加藤さんが大切にしているのは、そこなのです。ワークショップの時間内に仕上がることにこだわるのも、みんなに達成感を味わってほしいから。


▲長く愛用しているピンクッションは洋裁の師匠がアッシジに旅行に行ったとき、お土産で買ってきてくれたもの。「デザインがかわいいだけでなく、大きさがちょうどよくてとても便利。もう何十年も使っています」

「自分でほしいと思うものをつくれたときの喜び。縫い物の魅力はそこにあると思います。これからも、手芸誌やワークショップなどを通じて、あなたにもつくれるんですよ、ということを伝えていきたいです」

 

おすすめコラム