森本繭香さん(後編)|忠実さより、見る人に伝わるかどうか。形式より、自分がやりやすいかどうか。刺繍はもっと自由でいい!

森本繭香さん(後編)|忠実さより、見る人に伝わるかどうか。形式より、自分がやりやすいかどうか。刺繍はもっと自由でいい!

『野の花と小さな動物の刺繡』の著者、森本繭香さんに、展示会「冬のごちそう展」在廊中に伺ったインタビュー。前編では刺繍を始めた経緯や、フランスの手芸誌に掲載することになったきっかけについて伺いました。後編は、制作にまつわるお話や著書制作時のエピソードについてのお話です。

撮影:奥 陽子  取材・文:酒井絢子  協力:手芸カフェ まにあ〜な

動物たちの姿を厳密に再現したいわけではない 

森本さんの動物の刺繍は、毛並みが複雑だったり色を多く使っていたり、工程数が多く難易度が高いものも多く、さぞかし図鑑などで研究しているであろうと思いきや、写真や実物をじっくりと観察するようなことはあまりしてこなかった、というので驚きです。


▲編集者の目にとまり、本を出版するきっかけとなった、リスのがま口バッグ。そのクオリティの高さに感嘆の声が上がるほど。まさに芸術の域の作品。

糸の色選びも、現実の色合いに忠実に合わせるというよりは、あくまでも作品になったときにきれいに見える色を吟味しているんだとか。

動物の刺繍には「金亀絹ミシン糸」を使うことも多いそう。「絹の糸の方が質感がいいんですよね。でも刺繍用の絹糸(釜糸)は扱いが難しいので、より身近で買いやすい絹糸はないかと考えたとき、以前洋服の仕立てで使っていたミシン糸を思いついたんです」と森本さん。


▲間近で見ると毛並みの緻密さに思わず息をのむ。生地はスーツ用のもの。生地を見たり選んだりするのも好きという森本さんは、素材を問わずイメージに合う生地を選び作品に仕上げている。

 

常識にとらわれない、自分に合った道具選び 

刺し進めながら自身の中にあるイメージを具現化していっているので、スケッチなどにもほとんど時間はかけないそう。

「スケッチをするときに使うのは、ほとんどiPadとApple Pencilです。紙のスケッチブックにはあまり描かないですね。紙に描いたときも、その画像はiPadに読み込んで、図案に起こしていきます」

iPadで使っているアプリは特別なものではなく、フリーのお絵描きアプリ(ibisPaint)。「iPadのおかげで作業時間がだいぶ短縮されていると思います。紙だとちょっと直したくてもすぐには直せないけれど、これなら簡単。データの保存もiPad一つで済むので、本当に便利で手放せません」


▲手描きのラフスケッチ。このあと線画にして図案に起こすそう。本などで発表するものは別として、ほとんどがグラデーションのブロック分けはせず、直接布に刺していくそう。

『野の花と小さな動物の刺繡』の中でも、布に図案を写す方法としてライトボックスやタブレットを使うことを提案しています。転写紙を使うよりもずっとラクにできるので。刺繍に使う道具も、昔からの道具に固執せず、もっと近代化してもいいのになって思っているんです。布に描き込むのも、フリクションペンが便利なんですよ」

布地にフリクションペンで書いた線は、アイロンをかければたちまち消えるんだそう。ただし寒冷地では再び浮き出てくることもあるので、刺し埋めるタイプの刺繍以外には注意が必要です。

 

動物の可愛らしさが詰まった『野の花と小さな動物の刺繡』 


▲2018年12月に出版された『野の花と小さな動物の刺繡』。写真には森本さん愛用の糸切りバサミやピンクッションなどの道具もちらほら登場。

実は、動物の刺繍がフランスの手芸誌に取り上げられた際には、フランスの人には喜んでもらえるようだけれど、日本人の好みには合うのかどうかと、一抹の不安があったそう。ほどなくして出版社から動物を中心にした本を出しましょうと声をかけられ、日本でも受け入れられることにホッとしたんだとか。

「前の共著『彩る 装う 花刺繡』の制作をしている際も、もちろんお花も好きだけれど、動物の刺繍を紹介したくて、どうにか提案できないかなと考えていました(笑)。なので、『野の花と小さな動物の刺繡』のお話が来たときには本当に嬉しかったですね」


▲「冬のごちそう展」では、2時間ほどのワークショップも開催。課題は「うさぎのよこがお」。小さな刺繍枠のキーホルダーは森本さんが運営するWEB SHOP「cherin-cherin」で買い付けたもの。

北海道在住の森本さんにとって、モチーフとして多く登場するリスやキツネも身近な存在。なんと自宅の庭を歩いている様子も見かけるんだとか。

「好きな動物を見つけても、その姿をインプットしよう!と努力しているわけでもないんです。好きだからこそ知らないうちに覚えているのかも…」と森本さん。カメラ好きだという旦那様が撮影した動物や花の写真を参考にすることもあるそうですが、基本的には何も見ない派。とはいえ、最近ではいろいろな動物をつくることが多くなり、写真を確認しながらという機会も増えてきたと言います。


▲ワークショップでは、図案をあらかじめ森本さんがフリクションペンで描いた生地が配られた。ブロック分けしている線の上に、オルタイネイティング・ステム・ステッチ(糸を上下交互に刺す、レンガを積み上げるようなステッチ)を施していく。


▲ワークショップ時の糸は初心者でも扱いやすいDMCの刺繍糸を使用。色選びは、ちょっと薄いかな?と感じるくらいの色味を選ぶのがコツだとか。

読者の方にはぜひ自分のペットの刺繍をしてほしい、と森本さん。『野の花と小さな動物の刺繡』にも、サンプラーの図案を自分のペットにアレンジするテクニックが掲載されています。

「まずはお花など簡単な図案から始めて、コツをつかんだら挑戦してほしいですね。ペットの毛色と同じ色の糸を探すのも、楽しいですよ」


▲今回のワークショップのために特別なキットを用意し、一人ひとりに配布。細かい部分も丁寧にレクチャーする森本さん。

 

写真よりもずっと美しい、実物の刺繍を見てもらう機会を 

展示会場では、抽選に外れてワークショップには参加できなかったという方が訪れたり、初期の頃から森本さんのファンで、愛蔵している貴重な作品にサインを求めに来る方もいらしたり、その人気ぶりが見てとれました。

森本さんの今後の予定を伺ってみると、すでに今年一年が刺繍関連の仕事で埋まりそうなんだとか。


▲ワークショップのために持参した森本さんの刺繍道具。ココット型のピンクッションは森本さんの手づくり。ご自宅では、「Maison Sajou」のハサミなど、使い勝手とデザインを兼ね備えたものを愛用中。

「私の中では作品づくりは刺繍に限定しているわけではなくて、いろいろな手芸を楽しみたいと思っているんです。小物とかももっと展開したい。刺繍も研究を重ねて新しい図案を増やしていきたいですね。いずれは大きな作品や今以上に凝った刺し方のものに挑戦していければいいなと思います」

今後はさまざまな会場での展示にも挑戦してみたいと森本さん。書籍で見てもその緻密さに驚く動物の刺繍ですが、実物を目の当たりにすると、実はその何倍もすごい。糸で表現された美の世界に圧倒されてしまいます。だからこそ、より多くの人に森本さんの作品を実際に見てもらいたい! これから先、展示を通じて作品に触れる機会が増えることが本当に待ち遠しいです。

 

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