森本繭香さん(前編)|小さな動物の可愛らしさを余すところなく表現する刺繍は、美しくて緻密な芸術。

森本繭香さん(前編)|小さな動物の可愛らしさを余すところなく表現する刺繍は、美しくて緻密な芸術。

やわらかな毛並みと愛らしい姿を刺繍でみずみずしく表現し、フランスの手芸誌にも作品の発表を続けている森本繭香さん。著書『野の花と小さな動物の刺繡』の出版記念として、東京で開催された「冬のごちそう展」へお邪魔し、お話を伺いました。前編・後編の全2回でお伝えします。

撮影:奥 陽子  取材・文:酒井絢子  協力:手芸カフェ まにあ〜な

刺繍作家・森本繭香さんの取材は、『野の花と小さな動物の刺繡』に掲載されている作品を中心とした「冬のごちそう展」の会場で行われました。森本さんのお人柄を表すかのように、ファンの方やご友人がひっきりなしに訪れます。

 

伝えたいのは小さな動物を見たときのワクワク感 

熱気あふれる会場を舞台に、まずは幼い頃の話をお伺いしてみると、やはりモチーフにも多く見受けられる小さな動物たちが大好きだったとのこと。


▲東京・小金井にある刺繍カフェ「まにあ〜な」での「冬のごちそう展」の様子。森本さんとオーナーは本を出版する前からのお知り合いだったそう。

「小鳥とかハムスターとかうさぎとか・・・、みんな可愛いですよね。刺繍のモチーフに動物が多いのは、小さな動物を見たり触れたりしたときのワクワク感を、どうしても伝えたいな、というのがあるんだと思います」

著書に掲載されている図案には、ご自身が飼っていたインコにハムスター、犬のほか、森本さんのお友達のペットも登場しています。


▲手にとって見られるように展示された作品たち。がま口やポーチなど、小物作品のデザインも森本さんによるもの。

 

刺繍に限らず、手芸は幼い頃からのライフワーク 

毛並みの表現と技法が芸術的な森本さんの刺繍。さぞかし刺繍について深い経験がおありだろうと思いきや、本格的に刺繍を始めたのはなんと3年ほど前からなのだそう。その礎となっているのは、幼い頃から続けている裁縫の経験です。

「母親が手芸の洋裁学校に通っていたので、私もつくりたくなって。幼稚園に通っていた頃に針箱を買ってもらいました。小学生になると手芸の本を見ながらつくってみたりしていました」

わからない部分はお母様に教えてもらいながら、社会人になっても趣味として手芸を楽しむ日々が続きます。独学では難しい部分が多く出てきたため、勤めていた銀行を辞めて、洋裁学校に通うように。そして洋裁学校卒業後はアパレルのデザイナーの道へ進みます。


▲刺繍の展示とともに、森本さんが運営するWEB SHOP「cherin-cherin」でも扱っているボタンやがま口などが並ぶ。日本の手芸洋品店では手に入れられないようなアイテムも。刺繍の合間にラッピングや事務作業をするのが、いい気分転換になるそう。

「デザイナーは2年ほど続けましたが会社都合で辞めることになり、また銀行に戻りました。その頃、気分転換になるかなと思ってWEB SHOP「cherin-cherin」を始めたんです。と同時に、雑誌『COTTON TIME』で袋物などの布小物作品を出す小さな仕事をもらっていました」

それからしばらくは、銀行勤務とWEB SHOP経営と小物づくりに勤しむ日々。その後、結婚をきっかけに銀行を辞め、そこで初めて刺繍をやり始めました。それが今から3年ほど前のことです。

 

忙しい日々から解放され、刺繍の道へ 


▲まんまるな目が印象的な「猫のサンプラー」。「動物のお顔が可愛くできたときが刺繍していていちばん嬉しい瞬間です」と森本さん。

「ほかの手芸と比べてみても刺繍って贅沢だなと思っていて。時間もかかるし。でもすごく興味はあったんです。仕事を辞めていよいよ時間ができたとき、刺繍をしっかりやってみようと思いました」

そして自身の愛するペットの姿の刺繍をしようと思い立ちます。


▲花と動きのある動物を組み合わせた刺繍枠。濃いめのブルーに動物たちの茶系の毛並みが引き立つ。正面からだけでなく、斜め横から見ると立体的に見え、よりいっそう美しい。

「動物といえば中国や日本の刺繍があるけれど、それらは伝統的な技法を訓練しないとできないんですよね。なので、なるべく色数とステッチの量を減らしてできるようにならないかな、と考えるようになりました。でも参考にできる本が探しても見つからなく・・・。それで自分でつくってみようと思ったんです」

そして試行錯誤の末、森本さんなりの動物刺繍の技法ができ上がりました。その作品や制作過程をFacebookやInstagramにアップしていると、思わぬところから声がかかります。

 

フランスの刺繍作家・Marie Suarezさんとの出会い  

「2年ほど前、Facebookを通じて、フランスでたくさんの手芸誌を出版しているMarie Suarez先生に声をかけられたんです。季刊誌『LES BRODERIES DE MARIE & CIE』に掲載をしませんか、と。はじめはとても驚きましたが、お話してみるととてもいい方で・・・。刺繍の第一人者であるにも関わらず、私のやり方を尊重してくださって。その先生と相談しつつ、現在の動物刺繍の技法を完成させていきました。信頼できる先生に出会えて本当によかったです」

それからというもの、森本さんは現在も『LES BRODERIES DE MARIE & CIE』で作品を発表し続けています。


▲インタビュー中の森本さん。着用のカーディガンは、共著『彩る 装う 花刺繍』(日本文芸社)に掲載されているひなぎくの刺繍を施したもの。


▲フランスの手芸誌『LES BRODERIES DE MARIE & CIE』に初めて掲載された、眠る猫の刺繍。余白に静けさを感じられる美しい作品。現在、この手芸誌の中で作品を定期的に発表している日本人は森本さんお一人。


▲展示会中、初日から2日間のみ配られた、来場者特典のノベルティ。チャームやボタンなど、森本さんがセレクトしたもの。

刺繍をはじめたのが3年前、そしてフランス手芸誌デビューが2年前。まさにシンデレラ・ストーリーと言えますが、それはひとえに森本さんの刺繍が類いまれな表現力を持っているからこそ。自由な発想で動物の可愛らしさを最大限に引き出すための技法を自ら生み出した森本さんは、まさに天性の作家であると言えそうです。

後編では、著書『野の花と小さな動物の刺繡』制作時のエピソードや今後の活動についてもお伝えしていきます。

おすすめコラム