セキユリヲさん(後編)|刺繍は針と糸を使った芸術。ひと針ひと針、絵を描くように、物語を紡ぐように

セキユリヲさん(後編)|刺繍は針と糸を使った芸術。ひと針ひと針、絵を描くように、物語を紡ぐように

鳥や動物、草花など、自然のモチーフが得意なグラフィックデザイナー、セキユリヲさん。前編では「サルビア」のものづくりや、スウェーデンでの生活についてお伺いしました。後編では、共著『彩る 装う 花刺繡』のことや刺繍の魅力、今後の活動についてご紹介します。

撮影:清水美由紀  取材・文:石口早苗

共著『彩る 装う 花刺繡』で紹介した5つのアイテム

『彩る 装う 花刺繡』は、作風の異なる4名の刺繍作家が「花刺繍」をテーマに作品を紹介した本。

サルビアが手がけたのは、「宵待草のコインケース」、「花モチーフのハンカチ」、「コスモスのエスパドリーユ」、「幾何学模様のブローチ」、「フェルトワッペンと刺繍の壁掛け」の5作品。デザインはセキさん、刺繍を施したのはサルビアスタッフの佐々木愛さんです。


▲エスパドリーユやコインケースなど、様々なアイテムに刺繍を施した。どれも、ひと針ひと針、丁寧につくられている。

5つの図案は、作品のほかにサンプラーとしても提案。サンプラーの刺繍を担当したのも佐々木愛さんです。「出版社から、サンプラーとアイテムの色を変えてほしいという要望があり、カラーバリエーションをつくりました。お花というテーマと、セキさんの色づかいやかたちは、刺していて気持ちが明るくなります。元々、線にゆらぎのあるやわらかいデザインなので、多少のズレやゆがみもうまく図案が受け入れてくれる気がして。ゆるやかな気持ちで楽しみながら刺しました」


▲それぞれの作品のサンプラー。アイテムとはあえて異なる色を使用。

「コスモスのサンプラー」に使ったのは、クロスステッチ用のブロック織りの布。でも、作品を見るとクロスステッチとはちょっと違います。佐々木さん曰く「このデザインは、元々針目を数えて刺すカウント刺繍の技法だったので、この布を使って落とし込みました」

フェルトを使うというのも、サルビアが提案したアイデアのひとつ。刺繍糸との相性もよく、フェルトの花びらが際立ちます。

 

母親の影響でものづくりに夢中に

小さな頃から絵をよく描いていたというセキさん。刺繍はもちろん、手を動かすのが大好きだったそう。

「母が手芸好きで、編みものや洋服、パッチワークなど、常に何かつくっていました。つくるのが当たり前という環境だったと思います。母がつくってくれたものの中では、お出かけ用のワンピースが好きでした。テキスタイルが可愛くて、白地にピンクの花模様でちょっとマリメッコっぽかったのを覚えています。子どもの頃、母にカギ針編みの教室に連れていかれて、やってみたら先生に褒められたんです。それがすごくうれしかったし、楽しかった」


▲花のスケッチは、そのものをデッサンするというよりも、テキスタイルのパターンのよう。

 

刺繍との出会い。そのおもしろさと奥深さ

セキさんと刺繍との出会いは、家庭科の授業だったといいます。刺繍のおもしろさは、糸で絵が描けるところと立体感が出せるところ。絵だと平面ですが、刺繍だとチェーンステッチやフレンチノットなど、立体的に表現できるところがおもしろいとか。


▲モチーフは自然の中からインスピレーションを受けているというセキさん。葉っぱや花、雲の形、水の雫など、どれも普段の暮らしで目にするものばかり。

社会人になってから留学したスウェーデン、その学校でも刺繍を学びました。刺繍の先生は、自由でユニークな人で、「刺繍は絵と同じなんだよ。針がペンで、針と糸を使った芸術が刺繍なんだよ」という考えの持ち主だったそう。

授業ではこんなこともありました。
「15人くらいで大きなテーブルを囲み、シーツのような布にそれぞれ刺繍をしていくんです。クラシックなどの曲を1曲流して、その間、自分で好きなようにチクチク刺していきます。1曲終わると次の人に自分が刺繍したところを回していくというのを続けて、ひとつの作品をつくりあげていくというものです。日本にいると刺繍の技術を際だって教えますよね。刺繍といえば、◯◯ステッチというようなところにいきがち。それはそれでよいのだけれど、“針と糸を使った芸術なんだ”と認識すると、また違う広がりがあると思います」

『彩る 装う 花刺繡』の制作では、何をつくるかというのは、セキさん側から提案しました。こだわった点は、色の組み合わせのおもしろさ。「私は割と自由に考えさせてもらって、大変だったのは佐々木さんだったかもしれない」とセキさん。コインケースは佐々木さんの提案、ハンカチを用意したのはセキさん。編集側から連続模様を入れてほしいという要望も見事に作品に反映させました。


▲元々建築を学んでいたという佐々木さん。インターンとして、セキさんの事務所に申し込み、そのままサルビアのお手伝いをするようになったとか。

「セキさんからグラフィックの図案を受け取り、それを実際のスケールやものにおとしたとき、どういう表現をしたらキレイに見えるかなどを考えました」と佐々木さん。


▲コインケースに施した宵待草の刺繍は、一日半で完成。読者がつくりやすいように工夫することも大切なポイント。


▲セキさんの手仕事道具は、どれも機能的でデザインに優れたものを揃えている。コウノトリをモチーフにしたハサミや、アイヌの針入れ&糸巻きなど、こだわりのあるものばかり。


▲自分で刺繍した針刺しも大切な道具のひとつ。

 

子どもたちの感性に刺激を受ける毎日

現在、二人のお子さんがいらっしゃるセキさんですが、生活にも変化があったそうです。以前は時間を忘れて夜中まで仕事をするのが普通だったのが、今は子どもたちと一緒に早寝早起きをするようになったといいます。

「一緒に絵を描いたり、ものづくりをして、子どもたちの柔らかさに触れる感じですね。子どもたちの感性にすごく刺激を受けています。夏休みに北海道でキャンプをしていたときのこと。子どもが絵を描いていたので、それを綴じて本にしてみました。あったことをいきいきと描いているところもあれば、突然「きつねのトイレ」とか突拍子もないことが組み合わさって描かれています。聞き取って文字を書くのは私で、気がつくと一冊の本になっていたということが何度かあって。子どもの発想はおもしろいですね」


▲右2点は子どもたちの自由な発想でつくった枝を使って織った壁掛け。右端はポンポンを織り込んだ6歳の女の子の作品で、真ん中はゆったりと糸を行ったり来たりさせながらつくった4歳の女の子の作品。


▲「織る楽しみ」をより多くの方に、子どもや年配の方にも感じていただきたいという思いから「枝織り」「段ボール織り」などのワークショップを計画中。

最後に今後の活動についてお聞きました。
「ものづくりを通して、人が集まる場所をつくっていけたらと考えています。月に1度、カード織りのワークショップをしていますが、いろんな人に参加していただけるようなものづくりを提案していきたい。性別も年齢も国籍も専門性も関係なく、気軽に参加してもらえるといいですね」

「つくる」をテーマに、みんながコミュニケーションをとれるような、人と人がつながっていけるような場にしたいというセキさん。これからも、ワークショップを通じて、人の輪が広がっていくことでしょう。

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