マカベアリスさん(前編)|さりげなく美しく、力強く。リネンに芽吹く表情豊かな花刺繍

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マカベアリスさん(前編)|さりげなく美しく、力強く。リネンに芽吹く表情豊かな花刺繍

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共著『彩る 装う 花刺繡』におさめられた、ひときわ上品で洗練されたマカベアリスさんの刺繍作品。マカベさんが生み出す刺繍からは、シンプルで静かな印象ながらも不思議と草花の生命力が感じられます。マカベさんご自身から刺繍にこめた思いを伺うと、ますます生き生きと感じられるのでした。ご自宅兼アトリエでのインタビューを、前編・後編2回にわけてお届けします。

撮影:奥 陽子  取材・文:酒井絢子

光とぬくもりがあふれる、お気に入りの空間で

家族とともに暮らすマンションの部屋の一角に、マカベさんの作業スペースはあります。ここは都心部に近いにもかかわらず、静謐で明るい陽光が射し込む快適な空間。近所には、古道具やアンティークの掘り出し物にも出会える界隈が。年月を感じられるものが好き、というだけあって、近所のお店で見つけたという味のあるチェストや小物が雰囲気のある空間をつくりだしています。


▲デスク奥には生地類、左側には刺繍糸。色別に納められ、すっきりきれいに整頓されたデスク周り。

この場所で、刺繍をはじめてから6年ほど。ここ数年は、草花や鳥をモチーフにした作品をつくり続けています。この春出版された共著本『彩る 装う 花刺繍』は、花をメインにした刺繍作品の図案集ということで、展示会や店舗、SNSなどで作品を発表してきたマカベさんに依頼があったのだそう。

 

シンプルな図案で、花や草木のフォルムを生き生きと魅せる


▲落ち着いたリネンのブルーがインテリアにも馴染む『彩る 装う 花刺繍』と、その中に掲載されている「草花の数字のサンプラー」。

4名の刺繍作家による『彩る 装う 花刺繍』は、技法の違う刺繍図案を取りそろえた、多くを学べる一冊。マカベさんはブローチやミニバッグ、メガネケース、サンプラーなどをこの本で発表しています。それらはシンプルで上品で、どことなくノスタルジック。それでいて草花が生き生きと見える、魅力的なデザインばかりです。

なかでもひときわ目をひくのが、「草花の数字のサンプラー」。数字の上で植物がのびのびと息をしているような表情豊かなデザインと、さわやかな色づかいがとても魅力的です。


▲撮影されたページと、実物のサンプラー。写真は刺繍がわかりやすく見えるようフラットな印象になっているが、実物の作品は麻独特のぬくもりある風合い。

この図案では、数字の大きさで試行錯誤したそう。小さくつくってみたらなんとなく違和感を感じ、何度かつくり直ししたそう。最終的にはタテ4㎝ほどの大きさになっています。実はこちらの「草花の数字のサンプラー」、現在、アルファベット版を制作中とのこと。12月に出版予定の図案本に掲載されるそうなので、そちらも楽しみです。


▲試行錯誤を重ねたうえで、糸の色番まで丁寧に書き込まれた手描きの最終図案。

新しい図案は、描いてみても刺してみないことにはわからない、とマカベさん。最後までつくっても、納得できず刺し直すこともよくあるんだとか。どうしても煮詰まってしまったときには、すっぱりと手を止めて、近所を一回りしたり。また、配色のアイデアはいろいろな本を見てヒントを得ることが多く、ファッション雑誌からも影響されることが多いそう。洋服そのものの柄や若い世代の着こなしなどから、刺繍で試したくなるような色合いを見つけることも。


▲バネ口金を使ったポーチに、草花の数字をあしらって。木製のトレイはいつもマカベさんご自身がメガネを置いている愛用品。

 

手を動かすのは朝日の射し込む早朝から

マカベさんの一日はというと、まず朝4時には目を覚まし、夜があける静寂の中で作業を開始。刺繍だけでなく、スケッチをしたり、メールチェックやブログを書いたり。7時からは家事や家族との時間を過ごし、また9時には制作に取りかかり、17時半頃までもくもくと作業をするそう。

「とにかく刺繍は時間との戦いですね。本当にひと針ひと針刺していくので、すごく時間がかかります。たとえばブローチなら、刺繍だけで1日4〜5個のペース。6個できれば早い方かな」


▲「小さな草花のサンプラー」。落ち着いた雰囲気の色合いが、淡いブルーグリーンのリネンにふんわりとなじむ。


▲刺繍でテキスタイルデザインを施した「白い花柄のミニバッグ」。マカベさんご自身もよく撮影の際に使うという、お気に入りのアンティークチェストの上で。

 

妥協しない手仕事への愛用品選び

道具や材料は、使ってみてしっくりくるもの、納得がいくものをじっくりと選択しているそう。机の上には、ご自身の手になじむ道具たちがきちんとまとめられ、取り出しやすい位置に配されています。


▲3段の木箱に収まるよく使う道具たち。針は、京都の「みすや針」というフランス刺繍針を愛用。下段には麻の生地の布目を通すために使う目打ちなども入っている。

本の出版や作品の出展など、その人気から多忙を極めるマカベさん。各方面の仕事は同時進行で進んでいるので、混乱しないようそれぞれの仕事ごとに箱を分け、整理整頓を心がけているそう。

「制作中は散らかることもあるけれど、ひとつの仕事が終わって区切りがついたタイミングで、次への気合いを入れるためにもきれいにします」

 

表現のために揃える、微妙な違いのたくさんの色

作業デスクの左横には、クリアな引き出しに刺繍糸がぎっしり。色ごとにまとめられ、手芸屋さんのコーナーのようにわかりやすく整然と収納されています。


▲さっと取り出しやすいよう縦向きに、あまり重ならないように並べて。

同じオレンジや赤でも、微妙な違い。ただしビビッドすぎる色や派手派手しい色は皆無です。クリアな引き出しの中に多彩な色が入っていても、ナチュラルなインテリアの中で浮いて見えないのは、そのほとんどがシックで落ち着いた色調であるためでしょう。


▲マカベさんが最もよく使う糸は、ベージュ系の白のno.841(左から2番目)。

使用する刺繍糸はほとんどがオリムパス製絲のもの。本当にわずかな違いで色が揃っていて、好みの色を見つけやすいことに加え、ほどよい光沢であること、そしてやや硬めの糸であることから、愛用しているのだそう。


▲使いかけの糸は箱に合うサイズにカットしたスチレンボードに巻いて収納。厚みの部分に色番号を貼り付け、わかりやすく。


▲布類はたたんで机の下に。こちらも色ごとにまとめられている。

生地は主に日暮里繊維街にある安田商店で購入。「布のざっくりとした風合いがとてもいいんです」とマカベさん。小さな作品が多いので大きな生地を買うことはあまりないといいますが、いずれ大きめのパネル作品をつくりたいと思案中で、パネルの方はすでに特注でオーダー済みだそう。


▲作業デスクの背面に位置する、空の見えるベランダ。手づくりで拵えたエサ台に、スズメやヒヨドリやムクドリが訪れる。

ご自身の中で好きなものがはっきりと見えていて、それを楽しみながら、なおかつ上手に表現や暮らしに取り入れているマカベさん。後編では、草花や鳥を主なモチーフにしている理由や、刺繍に込める思いについて、お話を伺っています。

 

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