更新日: 2017/10/10
「annas」(アンナス)のレーベル名で親しまれている川畑杏奈さんは、愛らしいモチーフを次々と生み出す人気の刺繍作家。東京・西荻窪に開いた刺繍教室「アンナとラパン」を訪ね、お話を伺いました。前編、後編と2回に分けてお届けします。
撮影:奥 陽子 取材・文:梶 謡子
「もともと絵を描くのが大好きで、高校時代は美術部に所属していました。作家活動を始めた頃は布小物が中心でしたが、自分らしさを出したくて、ワンポイント刺繍を添えてみたのがそもそものきっかけです」
▲大好きな色だというブルーのボードに刺繡作品が映える。少しずつ集めたヴィンテージのカップ&ソーサーと共に、アトリエいちばんの見せ場になっている。
2006年には初めての作品展を開催。手芸誌で作品を発表するかたわら、ワークショップを開催するなど、活躍の場を徐々に広げ、2011年には初の著書となる『annasのはじめての刺しゅう小物』を上梓。以来、年に1~2冊のペースで本を出版するなど、精力的に活動を続けてきました。
活動の拠点を大阪から東京へと移し、手芸店や雑貨ショップが軒を連ねる西荻窪にアトリエを構えたのは今から3年前。自分で少しずつ手を加えたという古いアパートの一室には、どこか懐かしい雰囲気が漂います。このアトリエを開放して行われる刺繍教室は、キャンセル待ちが出るほどの大人気。
▲アトリエの入り口では、川畑さんお手製の看板が出迎えてくれる。教室名からもわかるように、ウサギ(ラパン)は川畑さんが大好きなモチーフ。
「本格的に刺繍を学ぶというよりは、あわただしい毎日のなかで、ちょっぴり気分を変えたいという方に、気軽に参加して欲しいという思いから始めた教室です。生徒さんは20~60代まで年齢もいろいろですが、みなさん刺繍が好きな方ばかり。おしゃべりもそこそこに夢中で手を動かしていかれます」
▲刺繡教室では25番刺繍糸やブローチ台、針やはさみなどの材料や道具が購入可能。わざわざ手芸店に足を運ばなくても、必要なものがその場で手に入るのも魅力。
▲教室で使用する刺繍糸は、好きな色を自由に選んで使えるよう、色別にして木箱に収納。「かせをほどいて使いやすい長さにカットしてから、ゆるく三つ編みにしておきます。こうすると糸が絡まらずに引き出せ、最後までムダなく使えるんです」
▲生徒さん用のはさみや刺繍枠なども常備。「必要な道具がすべてそろっているので、お仕事帰りなどに手ぶらで来られる方も。万が一、忘れ物をしても安心です」
一般の教室のように決められた課題を刺すのではなく、著書に掲載された作品やキットのなかから自由に教材を選べるのも魅力。アトリエの至るところに作品が飾られているのはそのためです。「どの図案を選ぶかは人それぞれ。ご自分のレベルやペースに合わせて、針を持つひとときを楽しんでいただけたら嬉しいです」
▲オリジナルキットや刺繍枠などの販売も。新作キットが出るのを心待ちにしている方も多いそう。
川畑さんの作品には、小さな動物や草花、絵本のワンシーンなど、印象的なモチーフが数多く登場します。以前はワンポイントモチーフが中心でしたが、近年ではサンプラーやフレームなどの大きな作品を手がける機会も増えました。
▲フレームの上に並べたブローチは「白鳥の湖」や「赤ずきん」をテーマにデザイン。
「新しい図案を考えるときは、何度もスケッチを繰り返しながらイメージをふくらませていきます。ストーリーを思い浮かべながらデザインすることが多いので、刺繍の向こう側にある物語を感じ取って欲しいですね。今年の春に訪れたドイツのシュトゥットガルトの街からも、たくさんの刺激を受けました。ショーウインドウやインテリアなど、街じゅうにあふれる色がすごくおしゃれで、配色を考えるうえで大いに勉強になりました」
▲壁にはブルーにペイントした板を貼って。天井から吊るしたオーナメントは、ドイツで購入。
▲窓辺には白、黄色、グレイの配色が美しいガーランドを。作品の色とも調和して、アトリエ全体を可愛らしく彩っている。
もともと企画や図案を考えるのが好きだという川畑さんですが、最もアイデアがわくのは本づくりのために刺繍をしているときだそう。
「無心で手を動かしていると、どんどんアイデアがわいてきて。『次はこんな本をつくりたい』なんて考えながら手を動かすこともしょっちゅうです」
そんな川畑さんが最近ひそかに楽しみにしているのが、近所に住む野良猫たちの観察。「屋根の上でお昼寝をしたり、親子で散歩したり・・・ふとしたしぐさが可愛くて。ぼんやり眺めていると、ふとアイデアが浮かぶことも」
デザインのヒントは日常の至るところに。手に取るだけでわくわくするような作品づくりの秘密は、こんなところにもありそうです。
▲「図案を考えるときは、まず図鑑や写真を見ながらスケッチしてみます。植物の場合は特徴をとらえながらポーズを変え、そこから少しずつデフォルメしていきます」
川畑さんの作品を特徴づけるものの1つにサテンステッチがあります。
▲ガラスのジュエリーケースは作品の特等席。花刺繍のブローチがなおいっそう輝いて。季節や気分によって作品をときどき入れ替えるそう。
「私にとって刺繍は、絵を描くことの延長線上にあります。だから、小さな図案を刺すときも、色を塗るような感覚でステッチしていきます。なかでも広い面積を埋めたいときによく使うのがサテンステッチ。でも、『うまく刺せない』『どうしても不ぞろいになってしまう』など、サテンステッチを苦手とする方が意外にも多いことがわかりました」
そこで、『annasのプチ刺繍』では、サテンステッチの刺し方のコツをいろいろな観点から解説することを思いつきました。
「一口にサテンステッチといっても、図案によっていろいろなコツがあるんです。円を刺したいとき、四角いパーツを刺したいとき、角をしっかり出したいときなど、モチーフごとに刺し方のコツをプロセス写真つきで詳しく解説しています」
そのほかにも、植物などを刺すときの順番や土台布との色の組み合わせなど、どんな刺繍の本にも書かれることのなかった小さなコツが盛りだくさん。これまでにない1冊が完成しました。
▲アトリエの片隅にさりげなく飾られたフレーム作品。刺繍をインテリアに取り入れる際の参考に。
後編では、紙刺繍や動画配信など、川畑さんの新たな取り込みについてご紹介します。
川畑杏奈
幼稚園教諭として3年間勤務したのち、刺繍作家として活動をスタートさせる。刺繍教室「Atelier アンナとラパン」主宰。『annasのプチ刺繍』『5つのステッチでできるannasの刺繍工房』(ともに日本文芸社)ほか著書多数。2017年11月に『annasのもじの刺繍』(光文社)を出版予定。インターネットサイト「LOCARI」にて毎月連載中。小説表紙装画、広告、挿絵、菓子パッケージ等の刺繍アート制作も行う。
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