更新日: 2020/08/20
刺繍作家・マカベアリスさんが、めぐる季節のなかで出会った自然の景色や植物から刺繍作品ができ上がるまでをエッセイで綴ります。第5話の前編では「青い花の数字サンプラー」ができ上がりました。後編ではサンプラーを使ったハンカチ刺繍が登場します。
撮影:マカベアリス、奥 陽子(マカベさん) 作品制作・文:マカベアリス
夏の空はどうしてこんなに青いのだろう。
上にいくに従って濃い色になるグラデーション。そこへ刷毛で薄く引いたような白い雲。日焼けするのも忘れて、吸い込まれそうに美しい空を見上げてしまいます。 珊瑚樹の実は、早くも色づいていて、青い空とのコントラストが素晴らしい。
ふと見ると、葉っぱには蝉の抜け殻が。夕べ抜けたのでしょうか?土の中で数年を過ごし、時期が来るとこうして変貌化体して新たな姿で地上に飛び出し精一杯の鳴き声をあげて短い命を終える。細部まで完璧にできている抜け殻を見ていると、そんな蝉の一生に想いを馳せ、生命の神秘を感じます。
夾竹桃の蕾の赤いつや、山牛蒡のちょっとユニークな実。植物たちもいっそう生き生きと、この季節を謳歌しているよう。
自然ほど美しい芸術はない・・・といつもそう思います。この世界を創られた神様は、きっと素晴らしい芸術家に違いないと。
そんな夏の青空を眺めながらですが、「青」にはもう一つ特別な思いがあります。 それは子どもの頃のことです。2歳年上の姉がいる私は、洋服のほとんど全てがお下がりでした。いつも着古しのクタクタをしぶしぶ着ていたように思います。 ところがある日、何か特別な日ではなかったと思いますが、母が洋品店に連れて行ってくれたのです。そこで好きな洋服を選びなさいと・・・。天にも昇るような気持ちになったことを覚えています。
田舎の洋品店のこと、それほど選択肢はなかったと思いますが、今でも、スカートを吊り下げてあるラックをクルクル回しながら、一枚一枚うっとりと眺めていたことを思い出します。
そんな私を見ながら母は「アリスは青がよく似合う」と言って一枚の青いスカートを選び出してくれました。青いストンとしたボックス型のスカートに同じ色のギンガムチェックのベルトがついています。私は、もう少しヒラヒラした洋服が欲しかったけれど、母の「青が似合う」という言葉がなんだか嬉しくて、結局それを買ってもらいました。
自分で選んだ洋服ではなかったけれど、そのスカートは私のお気に入りになり、身長が伸びて履けなくなるまで、大切に着ていた記憶があります。
それにしても、小さい頃に聞いた母親の言葉というものは、恐ろしいほど心に残るものです。それ以来「青」は「私の色」になって特別に親しみを感じるようになり、今でも持ち物や洋服に、つい青いものを選んでしまいます。
さて、先日つくった「青い花の数字サンプラー」。 文字のサンプラーはつくっておけば、そこから好きな文字を取り出して、ちょっとした刺繍に活用することができます。今回も、以前仕立てておいた青いリネンのハンカチに刺繍することにしました。
ハンカチの刺繍は少し気を使います。まず接着芯が貼れないので、図案を写すときに生地が伸びないように慎重にゆっくりと描いていきます。
そして今回のように、コーナーに刺繍する場合、枠がつけられません。ですので、刺繍するときは、糸で生地を引っ張ってしまわないように、針を持つ力加減も大切です。
もう一つ大切なことは裏の始末。バッグなど裏地をつけるものは、図案と図案の間が1㎝以下であれば、糸を渡してそのまま進みますが、ハンカチの場合は一切糸を渡しません。
一つ一つ丁寧に始末します。刺し始めと終わりは、通常の刺繍と同様、糸が抜けないようにステッチしたところに絡ませます。そして裏から見ても渡り糸がないように美しく始末するのです。これで洗濯にも、多少の摩擦にも耐えることができます。少し面倒ですが、裏も美しくでき上がったときの達成感は格別です。
今年はあちこち出かけられそうにはありませんが、クーラーの効いた部屋でじっくり手仕事に取り組むのも良いかもしれません。
マカベアリス
刺繍作家。手芸誌への作品提供、個展の開催、企画展への参加、ショップでの委託販売などで活動中。著書に『野のはなとちいさなとり』(ミルトス)、『植物刺繍手帖』(日本ヴォーグ社)、『刺繍物語 自然界の贈りもの』(主婦と生活社)。共著に『彩る 装う 花刺繍』(日本文芸社)ほか。季節の流れの中に感じる、小さな感動や喜びをかたちにしていけたら…と 日々針を動かしている。
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