更新日: 2020/08/13
刺繍作家・マカベアリスさんが、めぐる季節のなかで出会った自然の景色や植物から刺繍作品ができ上がるまでをエッセイで綴ります。第5話は数字サンプラーのお話です。
撮影:マカベアリス、奥 陽子(マカベさん) 作品制作・文:マカベアリス
長梅雨がようやく明けたと思ったら、いきなり真夏がやってきました。待ち構えていたように、公園では蝉の大合唱。
子ども達も虫取り網を持って、遅く来た夏を楽しんでいるようです。
青い空、白い雲の爽快感。やはり気持ちがいいものです。とはいえ、本当に暑いこの季節。少しでも快適にしのいでいきたい。気持ちは無意識に涼を求めるようで、たとえば色。この時期は青い色がよく目に入ってくるような気がします。 都会のアスファルトの隙間から懸命に顔を出して咲いている露草。人々の足に踏みつけられそうになりながらも、咲いている小さな花は、よーく見ると薄水色や紫色のグラデーションでとても美しいのです。
いつものスーパーへの道すがら、生垣にはルリマツリでしょうか?なんとも涼やかな姿に、ひととき暑さを忘れます。
刺繍糸にもたくさんの色がありますが、やはりこの時期はつい青い糸に目がいきます。海の深さを思わせるような紺色、爽やかなスカイブルー、冷たい川の流れのような水色・・・。青系の糸を並べてみるとやはりこの季節にぴったりの色合いです。
せっかくなので今月はこの青い糸を使って、刺繍しましょう。
色々考えた末、青いグラデーションを生かした数字のサンプラーをつくることにしました。
数字・・・。私は数学が苦手なので、あまり親しみの情を抱いたことがないのですが、けれどもこの形、本当によくできていると思うのです。カーブといい、直線といい、デザインが素晴らしい。そして、全世界共通というのも素晴らしい。
あるとき、この数字の線を植物モチーフの茎や実や花に置き換えてみたら、途端に優しい表情になりました。こんな数字で勉強したら、数学がもっと好きになっていたかも知れない・・・。そのとき以来、数字のサンプラーはよくつくる作品の一つとなりました。
文字のサンプラーをつくるときは、図案の土台となる文字をパソコンを使ってレイアウトします。それを元に線を描き、図案づくり。文字ができたら周りにも植物を描いていきます。
余談ですが、私が描く植物図案はほとんどの場合、特定の植物でない場合が多いです。植物の一つひとつのディティール、花びらの重なりや鋭角に伸びた葉、丸い実がツブツブとした様子など、造形そのものに惹かれるからです。 そのさまざまな形を、画面の中でバランスを考えながら組み合わせ、図案をつくっていきます。そのときに役立つのが、図鑑や写真を見ながら普段何気なく描いているスケッチノート。
こんな形の葉があるんだとか、花びらはこれにしようとか、植物の形のストックとして重宝しています。このスケッチを描くことは、仕事の気分転換としても役立っているのですが・・・。
さて、図案ができたらお待ちかねの刺繍です。 青いグラデーションを刺していくのは、やはり気持ちがいい。今回使うステッチは、ほとんどがアウトラインステッチです。
今回に限らず、私はアウトラインステッチをはじめ、サテンステッチやフレンチノットステッチなど、ごく基本のステッチをよく使います。それは複雑なステッチで、刺繍の技巧を見せるというよりも、植物がより美しく見えるような表現を大切にしているからかなと思います。 文字の刺繍はほとんどが線なので、思ったよりも早く刺せることも嬉しいポイントです。
青い花の数字サンプラー。暑い夏の間はこれを眺めて、気分だけでも涼やかにいきましょう。
マカベアリス
刺繍作家。手芸誌への作品提供、個展の開催、企画展への参加、ショップでの委託販売などで活動中。著書に『野のはなとちいさなとり』(ミルトス)、『植物刺繍手帖』(日本ヴォーグ社)、『刺繍物語 自然界の贈りもの』(主婦と生活社)。共著に『彩る 装う 花刺繍』(日本文芸社)ほか。季節の流れの中に感じる、小さな感動や喜びをかたちにしていけたら…と 日々針を動かしている。
https://makabealice.jimdo.com/