更新日: 2020/06/18
刺繍作家・マカベアリスさんが、めぐる季節のなかで出会った自然の景色や植物から刺繍作品ができ上がるまでを綴ります。前編は雨が似合う6月の花々のお話でした。後編ではいよいよ作品ができ上がります。
撮影:マカベアリス、奥 陽子(マカベさん) 作品制作・文:マカベアリス
6月の植物として思い浮かぶのは、まず紫陽花でしょう。今の季節、あちこちの庭や公園で、さまざまな種類の紫陽花を見ることができますね。
とりわけ私が気に入っているのは、散歩や買い物の途中の通り慣れた道で見かける白い額紫陽花。それは、もう誰も住んでいないと見受けられるアパートの、雑草が伸び放題の敷地に、こんもりとひとかたまりで咲いているのです。
金網越しに道路に面して飛び出して咲いているので、いつもそこを通るたび、ひと枝拝借したい衝動にかられます。・・・が、やはり誰も住んでいないとはいえ、他所さまの土地だもの・・・とあきらめ、眺めるにとどめていました。
紫陽花は、自分でも少々意外ですが、考えてみれば今までは刺繍のモチーフにすることはありませんでした。あまりにも季節感が出過ぎてしまうのがその理由かもしれません。けれど今回は、この白い額紫陽花を図案にしてみようと思い立ちました。
それで、もう一度あの白い額紫陽花を見に行ってみました。ところが・・・ほんの2、3日見ない間にそのアパートは取り壊され、美しく咲き乱れていた紫陽花や他の草花たちが無残にも根こそぎ取り去られ、更地となっていたのです。
思わずその場に立ちすくみ「うそでしょ・・・。」と一人つぶやいてしまいました。こんなことなら、ひと枝でも拝借しておけば良かった・・・というより、あんなに美しく咲いていた紫陽花を、根こそぎ抜いてしまうなんて・・・と本当に悲しくなりました。
せめて咲いている花を摘んで、「ご自由にお取りください」と近隣に提供するなどの、心の余裕はなかったのか・・・。狭小地に密接して住宅が並んでいる都会では、そんな事はなかなか難しいことなのかもしれません。悔しい思いを抱きながら、やはり何としてもあの白い額紫陽花を、せめて刺繍図案に仕上げようと心に決めて帰って来ました。
今回はパネルにしてみよう。大きさは気軽に飾れるA5サイズと決めました。図案は最初、紫陽花だけを考えていましたが、少し単調な気がして、他の植物も入れることにしました。
6月の植物、他にもたくさんあるけれど、同じ白い花のドクダミを選びました。そしてもう1つは、少し色を足したくなったので、紫の葉と花のグラデーションが美しいムラサキゴテンを。
図案ができると布に写す作業です。
今回はインディゴブルーのリネンを選んだので、白いコピーペーパーを布と図案の間に挟み、トレーサーで丁寧になぞり写していきます。
この図案を写すという作業は、刺繍をする上でとても大切な工程です。針を持って刺繍するときは、図案の線と針先しか目に入りませんので、図案を正確に写すことできているかどうかが刺繍の美しさを左右するのです。
せっかちな私は、少し面倒なこの作業を早く終えたいあまりに、いい加減に図案を写し、結局思うような刺繍ができず・・・ということが何回かありました。それでいつも、深呼吸しながらじっくり時間をかけてこの作業に取り組むことにしています。
さて、天からの雨の恵みを受けて喜んでいるような「雨粒と6月の植物」の刺繍パネルができました。
少し憂鬱に思える雨の日も、植物の気持ちになってみると、少し違う気持ちで過ごせるかもしれません。
マカベアリス
刺繍作家。手芸誌への作品提供、個展の開催、企画展への参加、ショップでの委託販売などで活動中。著書に『野のはなとちいさなとり』(ミルトス)、『植物刺繍手帖』(日本ヴォーグ社)、『刺繍物語 自然界の贈りもの』(主婦と生活社)。共著に『彩る 装う 花刺繍』(日本文芸社)ほか。季節の流れの中に感じる、小さな感動や喜びをかたちにしていけたら…と 日々針を動かしている。
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