更新日: 2020/06/11
刺繍作家・マカベアリスさんが、めぐる季節のなかで出会った自然の景色や植物から刺繍作品ができ上がるまでをエッセイで綴ります。第3話は6月の植物がテーマです。
撮影:マカベアリス、奥 陽子(マカベさん) 作品制作・文:マカベアリス
今年も西の方からやってきました。梅雨前線。沖縄や九州などが早々と梅雨入りした・・・というニュースを耳にすると「ああ今年もこの季節が・・・」と少し憂鬱な気持ちになります。
この時期にしっかり雨が降ることは、水資源を保つうえでも大切なことはよくわかってはいますが、やはり雨続きの毎日というのは気持ちが沈みがちです。
「雨」といえば、忘れられない思い出があります。梅雨の時期ではないのですが、昨年の春先のことでした。
数ヶ月間大きめの仕事が続き、だいぶ疲労を溜めてしまったので、少し区切りがついたタイミングで休息のために温泉に出かけました。
自然豊かなその場所で、青空のもときらめくような木々の緑が見られるかなあと楽しみにしていましたが、当日はあいにくの曇天。しかも晴れる見込みは全くなく、今にも泣き出しそうな空模様。がっかりして結局どこにも寄らずに早々と宿に行き、温泉に浸かりました。
せっかくここまで足を伸ばしたのについてないなあ・・・と露天風呂から恨めしく空を眺めていたら、ふっと自分の心に違和感を感じました。晴れも曇りも雨も、全て自然の営み。雨には雨の恵みがある。ついてないなんて、何て独りよがりなのだろう。
ついにポツリポツリと雨が降ってきました。風呂の水面には細かい雨粒が作るリズミカルな模様。小さな水紋がそこここに。その楽しくて美しいこと。
上を見上げれば、滲んだ灰色の空に不意に鳴きながら飛び立つ鳥の姿。冬枯れの木々の細い枝ぶりはまるで水墨画のよう。温かい湯に浸かりながら、身も心もすっぽり自然に包み込まれるような嬉しい経験でした。
雨の日は相変わらず憂鬱ですが、この経験以来少し気持ちが変わりました。雨の日ならではの美しさを探すことも楽しみの一つです。なかでも雨が似合うといえば紫陽花。雨降る中に佇む紫陽花はまるで水彩画のよう。
葉の上に光る雨粒は宝石のように輝いています。
そしてこの時期あちこちに見られるドクダミの花。この白い十字の花は、薄暗い曇天にこそ映えると思うのですが如何でしょうか?
植物たちにとっては「恵みの雨」のこの時期。たまには傘をさしながら、雨の日の喜びを感じる散歩も楽しいものです。
マカベアリス
刺繍作家。手芸誌への作品提供、個展の開催、企画展への参加、ショップでの委託販売などで活動中。著書に『野のはなとちいさなとり』(ミルトス)、『植物刺繍手帖』(日本ヴォーグ社)、『刺繍物語 自然界の贈りもの』(主婦と生活社)。共著に『彩る 装う 花刺繍』(日本文芸社)ほか。季節の流れの中に感じる、小さな感動や喜びをかたちにしていけたら…と 日々針を動かしている。
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