更新日: 2020/05/21
4月から始まった刺繍作家・マカベアリスさんの新連載。第2話の前編では、めぐる季節の中で出会った木々のエッセイをご紹介しました。後編では、いよいよ新緑をテーマにした作品ができ上がります。
撮影:マカベアリス、奥 陽子(マカベさん) 作品制作・文:マカベアリス
爽やかな風にそよぐ新しい緑。生命の更新を感じるような季節のこの感動。
…確かに感動はしているのだけれど、これをどう形にしよう?
作品のイメージは、自然の美しさに感動したり、絵画などの美術作品に刺激を受けたりしたときに、急に立ち上がってくることがあります。そんなときは、作品の雰囲気や、ときには色の構成まで浮かんで、あとはそれを頭の中でなぞりながら形にする作業(ここでも試行錯誤しながらですが)ということになります。
しかし、なかなか最初のイメージさえ湧いてこないときも当然あります。今回は後者の方で少々焦りました。ここで焦って、いい加減に下絵を描き始めたり、針を持って試作し始めたりすると、結局は納得いかないものになり遠回りになる・・・ということは何度も経験済み。
「焦るよりもまず気持ちを落ち着けて、今あるイメージを出してみよう」。いつもは青いペンで描くスケッチを、今回は水彩絵の具に変えてみました。
少し厚めの紙のスケッチブックに、絵の具と水を含ませた絵筆を滑らせていく。にじむような緑のグラデーション。絵というより、紙と筆の感触を楽しんでいる感じです。描くうちに夢中になり、楽しくなってきたらちょっと明るい兆し。一通り描き終えて、眺めて・・・やはり明るい緑の葉が、生き生きとリズム感を持って風にそよぐ様子を形にしたいなあ。
今度は、作業部屋の書棚から色々な資料を引っ張り出しました。パラパラと眺めるうちにふと目に留まったのが、インドの更紗模様の本の1ページです。
素朴な木版で彫られた植物モチーフの版を、職人が1つ1つ押してつくる連続模様のテキスタイル。人の手でつくられた温かみは、版のズレさえも愛おしく感じます。
4年ほど前、一度だけインドを訪れたことがあります。そのときは、北のコトガルというチベット国境近くの村まで行くことが目的だったので、一週間の滞在期間のほとんどが移動という弾丸ツアーでした。
それで十分にインドを味わったわけではないのですが、行く先々、どんな田舎の町、村でも、女性が身につけているサリーの美しさに目を奪われました。赤やピンク、黄色や緑などのあざやかな色に独特の連続模様。埃っぽい空気の中に、かえってそれらがよく映えて、町の風景の一部となっていました。
手仕事の国インドの刺繍や木彫り作品などにも少しだけ触れましたが、インド人の色彩感覚や美的感覚はどこから生まれるのか非常に興味深く、もう一度行く機会があれば訪ねてみたい国です。
さて、話が横道に逸れましたが、この連続模様。今回の新緑の作品、生き生きとした感じを出すにはこれかもしれない・・・とようやくイメージが湧きました。
連続模様を図案にするには、1つのモチーフを描いたあとにスキャナでパソコンに取り込み、モチーフをバランスよく配置してから、プリントアウトしてつくります。
緑色の刺繍糸を並べて色選び。緑と一口に言っても黄味がかったものから、青緑までさまざまです。今回は新緑なので、黄緑色を中心に選びました。生地はこの色がよく映えるマッシュルーム色のリネンを。
同じ模様をいくつも刺すのは、編み物のような楽しさがあります。時々広げてみては、だんだんと模様が仕上がっていく喜びを感じるのです。
お茶の時間に出す持ち手つきのトレイに、ちょうどいいカバークロスができました。インドの更紗模様からヒントを得たこの新緑柄。見るたびに彼の地への思いも馳せられそうです。
マカベアリス
刺繍作家。手芸誌への作品提供、個展の開催、企画展への参加、ショップでの委託販売などで活動中。著書に『野のはなとちいさなとり』(ミルトス)、『植物刺繍手帖』(日本ヴォーグ社)、『刺繍物語 自然界の贈りもの』(主婦と生活社)。共著に『彩る 装う 花刺繍』(日本文芸社)ほか。季節の流れの中に感じる、小さな感動や喜びをかたちにしていけたら…と 日々針を動かしている。
https://makabealice.jimdo.com/
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