更新日: 2020/04/16
4月から新しく始まった刺繍作家・マカベアリスさんの連載。第1回め後編ではいよいよマカベさんの作品ができ上がります。
撮影:マカベアリス、奥 陽子(マカベさん) 作品制作・文:マカベアリス
朝、陽が昇る時間になると必ず窓を開けます。北向きの作業部屋からは今の時期、まだひんやりとした空気が入ってくるのですが、それでもうす水色の空、やわらかい陽の光に「春だなあ」と感じます。
この朝の「まっさら」な空気が好きなのです。
新しい空気を吸い込むと、昨日のため息も悩みもリセットして、また明るく一歩を進められるような気がして。
さて、先日の道草で出会った草花たち。春の気分を満喫できるような作品にしたいなあ。小さな草花たちが、春を喜ぶようにのびのびと生えるさま刺繍したい。
色々考えた末、小さなバッグをつくることにしました。
「春の道草バッグ」。
なかなかよい名前も浮かび、イメージが湧いてきました。
まずは撮ってきた写真を見ながらスケッチ。これは草花の形をよく理解するためのステップ。実際に描いてみることで、頭だけでなく手にも形が伝わるような気がします。
そして刺繍図案づくり。
実際のバッグの刺繍部分を考えて枠をとり、その中にどうバランスよく描いていくか。このバランスがとても大切で、少しの茎の長さや空間の空き具合で、何だか落ち着かない感じになってしまうのです。ステッチも考えながら何度か描き直し、最終的にライトテーブルに置いて清書します。
生地と糸の色選びは、本当にいつも悩ましい。作品が頭に思い浮かぶと同時に色のイメージも湧くことがありますが、大抵はああでもない、こうでもない...と試行錯誤を繰り返します。今回はフレッシュな感じを出したいので、やはり白のリネンかな。そしてグリーン系は色合いをそろえて...。
図案を布に写し、刺繍をする時間は一番楽しい時です。一針一針刺していくごとに、ふくらみを帯びて現れてくる草花のディティール。まるで生きているかのような立体感は、刺繍の醍醐味の1つだと思います。
一針ずつしか進まない刺繍は、とても時間がかかる作業です。けれど時間をかけてでしか生まれない温かみがあります。そして、無心にステッチを刺していくうちに、次第に頭の中がクリアになっていくのを覚えることがあります。
先日、病気療養中の方に刺繍道具と材料をお贈りしました。
突然の病で順風満帆だった仕事も閉ざされ、気持ちが揺れ動きながら過ごしていたそうで、けれど刺繍をすることで無心になれて、ホッとする時間ができたと。
先の見えない不安な状況に陥ったときには、むやみに心配しすぎず、今日1日を元気に幸せに生きることだけを考える。家族が大病を患ったときに私もつくづくそう思いました。そんなときにも手仕事は、友達のように寄り添ってくれるものだと思います。
さて、刺繍が終わりバッグに仕立てましょう。今回は巾着仕立てでワンハンドル型。持ちやすくかわいいので最近気に入っている形です。
でき上がったら、これを持ってまた道草の旅に出かけたくなりました。
マカベアリス
刺繍作家。手芸誌への作品提供、個展の開催、企画展への参加、ショップでの委託販売などで活動中。著書に『野のはなとちいさなとり』(ミルトス)、『植物刺繍手帖』(日本ヴォーグ社)、2020年4月半ば新刊出版予定。共著に『彩る 装う 花刺繍』(日本文芸社)ほか。季節の流れの中に感じる、小さな感動や喜びをかたちにしていけたら…と 日々針を動かしている。
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