更新日: 2017/12/01
撮影:蜂巣文香 文:太田明子
庭に一本の小楢の木があります。丈10メートルほどの、かなりな老木。
黄金に色づいた葉が、木枯らしに翻っては舞い落ちるさまは美しすぎて見とれてしまいます。足許の落ち葉の絨毯もふかふかで、踏みしめる一歩ずつが音楽そのもの。近隣にある紅葉の名所をめざして、多くのハイカーが行きかう季節。拙宅にも遠来の客が訪れます。
だからこそ、あえて急がず流されず、時間の澱に取り残されてみたくなります。ひとり自分を見つめるもよし、友と旧交を温めるもよし。どちらも貴重なひとときです。
まずはホットドリンクの準備を。とっておき、刺し子のポットマットの出番です。
刺し子は、かつて木綿布が貴重だった時代に“繕う”ための刺し縫いから始まった、いわばエコロジカルな生活の知恵。やがて布を重ねて防寒や補強といった実用を第一に、人びとのセンスによっておしゃれな装飾性が加わったり、健康や吉運の願いが込められたりしながら、時代とともに洗練されて現代に息づいています。
『刺し子の手しごと』は、伝統柄を中心とした刺し子の作品集。藍や生成りのシンプルな色をメインに、ふきんや袋ものが登場します。写真の作品は、瀧澤優子さんがデザイン・製作した「方眼のポットマット」。一定の長さの針目でひと針ずつ規則的に刺し、模様を形づくる一目刺しの手法で、キルト芯を重ねてふっくらと仕上げています。細かい針目で布一面に刺された姿は繊細で華やかな印象です。
「やっぱり、どんなことでも100回以上回数を超えると、自分らしいホンモノになってくるもんですねぇ。僕はね、何でもまず百回を目標にしています。ときをためる暮らしの目標ですね」(津端修一)
この言葉は、今年話題をさらったドキュメンタリー映画『人生フルーツ』の関連本から。自然のリズムに身をゆだねる建築家夫婦の“時をためる暮らしぶり”の質の高さに感銘を受けました。物事に取り組むとき、目標を設定してみるのは大事なポイント。
ここでは針目50とか100、または方眼のここまでというふうに、その時どきで手の届きそうな目標を立ててみましょう。そうすれば、自分にチャレンジしているみたいで、雑念が遠ざかり、面白く没頭できます。手を動かしているうちに、コツを覚えてだんだん上達するはず。こつこつ。ゆっくり。昨日より今日、今日より明日、同じ単純作業の繰り返しだからこそ、スタートと終盤の変化が自分でも分かりやすいのです。
遥か遠くに思えたゴールが、時をためて、あっという間に目の前に! 人知れず、胸を張りたくなりますね。ポットをのせたら、温かい飲み物で身も心もほっこり。
写真は『刺し子の手しごと』より。
引用文:『ききがたり ときをためる暮らし』」(津端英子・津端修一著 聞き手 水野恵美子 自然食通信社)
太田明子
神戸市生まれ。幼少期の一部を横浜市で、思春期の大半を宮崎県延岡市で過ごす。出版社勤務を経て、フリーランスの記者に。学生時代から好奇心の赴くまま国内外を旅する。1992年『そよそよ族の南米大陸』で第11回潮賞ノンフィクション部門優秀作受賞。座右の銘は、「おもしろき こともなき世を おもしろく」。現在、家族とともに鎌倉市在住。