更新日: 2017/10/27
撮影:天野憲仁(日本文芸社) 文:太田明子
キノコが店頭にたくさん出回るこの季節、思い出すのは北欧の童話や絵本。小人や妖精たちがキノコの周辺を遊び戯れる挿絵に胸が躍りました。そこに描かれていない大きな森の気配も背後に感じたりして。私の幼いころは、子ども向けの本にも挿絵の数が少なかったので、なおさら自由な空想が頭の中を飛び交った記憶があります。
今でもキノコには、鬱蒼とした森を感じます。木々の梢がざわざわと揺れさざめいて、野鳥がさえずる自然界の大きな営み。ちっぽけな人間ごときを眺めている悠久の、静謐だけでない、少し畏れをなすようなひんやりとした空気が好きです。
『annasのプチ刺繍』(川畑杏奈著)では、このキノコをモチーフとしたブックカバーを提案しています。形や大きさの違うキノコの面白さがよく表現されていますね。葉っぱとおぼしきステッチも効いています。
もともとイラストを描くのが好きな著者が、糸で布に絵を描けたら、と思って始めたのがきっかけ。「針と糸で描く世界は、ペンで描くのとはまたひと味違って、細かなところが少し曖昧なだけに、想像をかき立てるところ」とその魅力を書いています。
草花、野菜、動物、乗り物、お城、塔、キッチン雑貨、アルファベット……、少しの創作を加えただけで、無地の布が表情をもって燦然と輝きはじめる愉しさ。洋服のみならず、ハンカチやソックス、タオルなどでも、ワンポイントのプチ刺繍を加えるだけのカスタマイズが、乙女心をくすぐり、テンションを上げてくれます。
川畑さん曰く、(刺繍糸の)色選びのコツは、色を減らすこと。なるべくシンプルな色使いのほうが遠目でみるとキレイなんだとか。
それにしてもブックカバーというのは、書物を大切にする気持ちのあらわれ、勤勉でシャイな日本人ならではの発想でしょうか。外国で見かけたことがありません。
いつどこでバッグから取り出しても、刺繍入りのオリジナルなブックカバーはチラッと目を惹くもの。素敵な読書タイムを演出するオンリーワンの小道具です。おすすめの本を添えてプレゼントするのもいいですね。
あなたを想像の森へ連れてゆく、この秋の一冊はどれ?
太田明子
神戸市生まれ。幼少期の一部を横浜市で、思春期の大半を宮崎県延岡市で過ごす。出版社勤務を経て、フリーランスの記者に。学生時代から好奇心の赴くまま国内外を旅する。1992年『そよそよ族の南米大陸』で第11回潮賞ノンフィクション部門優秀作受賞。座右の銘は、「おもしろき こともなき世を おもしろく」。現在、家族とともに鎌倉市在住。