更新日: 2019/04/25
つくりら海外取材スペシャル第2話です。第1話では、年に1度パリで開かれる「Aiguille en Fete(レギュイユ・オン・フェット、針の祭典)」の会場の様子をお伝えしました。第2話は「針の祭典」に日本から出展した刺繍枠メーカー、アポロンさんの物語。その会場に絹糸を置くことになった京都の老舗糸屋、糸六さんも登場します。
撮影:清水美由紀 取材・文:平岡京子 現地コーディネート:窪田セリック由佳 取材協力:株式会社Apollon、糸六株式会社
パリの手芸見本市、「Aiguille en Fete(レギュイユ・オン・フェット、針の祭典)」には、優れたものづくりを世界へ発信したいと、日本からの出展者も少なくありません。伝統的なオートクチュール刺繍、リュネビル用のオリジナル刺繍枠を開発した「Apollon(アポロン)」の代表、相馬美保さんもその一人です。
▲「針の祭典」会場でのアポロンさんのブース。めずらしい刺繍枠に関心を寄せる来場者が熱心に質問する場面も。
シャネルやディオールといった有名メゾンのオートクチュールドレスに使われるリュネビル刺繍は、シルクオーガンジーなどの繊細で高価な生地を使用するため、刺繍枠に布を張るのにもテクニックを要します。
もっと簡単に布が張れて、見た目もおしゃれな刺繍枠を日本でつくれないか。相馬さんは、ひとり思案をめぐらせました。そして構想から2年、ついにオリジナルの刺繍枠を完成させます。木のぬくもりを感じる美しい刺繍枠は、相馬さんの出身地である静岡で、高い木工技術を持つ職人がつくり上げた、正真正銘のメイド・イン・ジャパン。溝彫りから脚の挽物まで1点、1点、手仕事で仕上げた逸品です。
▲アポロンの相馬さんが試行錯誤の末、ようやく完成させたリュネビル用のオリジナル刺繍枠。こちらは、布を張る上枠と下枠が分離した「Urd(ウルド)」。
相馬さんはこの刺繍枠を世界中で愛される道具に育てたいと心に決めます。「針の祭典」への出展は、その実現のための第1歩でした。
▲「針の祭典」のアポロンブースで自らもデモスレーションを行う相馬さん。どんなときも笑顔を絶やさず、リュネビル刺繍の魅力、日本の木と技術でつくられた刺繍枠と、伝統ある絹糸の素晴らしさを伝え続けていた。
「リュネビル刺繍はフランスでは職人仕事とされているため、なかなか目にする機会もないですし、趣味として楽しむ文化もありません。現在、日本では、リュネビル刺繍は、少しずつ特別な趣味として広がってきています。この芸術的な刺繍の世界を見て、知って、やってみたいと感じた人々が増え、暮らしに根づいたら、心豊かな時間を提案できると信じているんです」
刺繍枠の開発を機に、作家や先生方とのご縁がつながり、パリ行きが現実味を帯びてきます。なかでも、大きな後押しになったのが、リュネビル刺繍作家の施恩(shion)さんとの出会いです。
施恩さんはパリで最も有名な手工芸の学校、ルサージュで、1年半という短期間の間にすべての課題をこなした、世界で初めての生徒さんです。
「針の祭典」では、相馬さんがご縁をつないだ作家たちが応援に駆けつけ、日替わりで実演。取材に入った日は、ちょうど施恩さんのデモンストレーションでした。ブースの前には人だかりができ、施恩さんのリュネビル刺繍の実演を目にした来場者は、「素晴らしい!」、「美しい!」と声をあげて見とれていました。
▲刺繍枠「Urd(ウルド)」で実演する施恩さんを熱心に見つめるお客様。現地でもリュネビル刺繍の制作風景を見る機会はなかなかないので、技術についての質問も飛んでくる。
▲施恩(shion)さんはルサージュきっての秀才。作家のなかでは若手だが、高度な技術の持ち主として知られている。
▲シルクオーガンジーにヴィンテージのビーズやパールをあしらったリュネビル刺繍。上質で気品のある作風に見惚れてしまう。
相馬さんと作家がタッグを組んで、リュネビル刺繍普及のために地道に活動を始めると、またひとつ、嬉しいご縁が生まれました。それは京都の老舗糸屋、糸六さんです。
「糸六さんの絹糸は、とにかく色が豊富で繊細、刺繍もしやすい上質な絹糸でした。絹特有の艶が美しい立体感をつくり出してくれるのも魅力でした」と相馬さん。
▲「針の祭典」のため、アポロンさんが制作した「糸六の絹糸」のポスター。あえてシンプルにしたのは、親しみやすい「へのへのもへの」のニコニコマークが、きっとパリの人たちにたくさんのことを伝えてくれると考えたからだそう。
糸六さんの絹糸を使って、リュネビル刺繍のワークショップができないか。相馬さんは、その思いと熱意を糸六の当主、今井登美子さんにぶつけます。こうして、リュネビル刺繍のワークショップが、京都・糸六さんの「六治朗庵」にて定期的に開かれるようになりました。
そしてその延長に、糸六さんの絹糸がパリの「針の祭典」に並ぶという、思いもよらない展開に、事は進んでいったのです。
「『針の祭典』では、日本の絹糸だから高価なんだと思われた方も多かったようですが、迷われていたほとんどのお客様がお帰りの時間までにブースに戻って来てくださって、やはりきれいだからと絹糸を買い求めてくださいました」と相馬さん。
▲はんなりとした色の絹糸はパリでも大好評!セットで販売した糸は完売となった。
▲施恩さんと相馬さんがセレクトした糸六の絹糸のセット。それぞれに、shion、parisなど、素敵な名前がついている。これも大人気。
会場では嬉しい再会もありました。以前、京都の糸六を訪れて糸を購入してくれたポシャギ作家のMaryseさんがブースにやってきたのです。「『針の祭典』に出展するので必ず会いましょうね」と約束を交わしていたのだそう。
▲ポシャギ作家、Maryseさん(右)と再会した、糸六の今井登美子さん(真ん中)と今井春樹さん(左)。
糸六の糸を使ってパリでポシャギをつくっているMaryseさんとの再会は、今井さんにとって感激の瞬間でした。国を超えて針と糸で結ばれた人たちです。
▲久しぶりの再会を喜び、しっかりとハグしあう今井さんとMaryseさん。
「フランスでお披露目をしたいと願っていた、刺繍枠の「Urd(ウルド)」も数多くお買い上げいただけました。日本の伝統技術と私たちの思いが世界に届いたように思えて、本当に嬉しかった」と相馬さんは笑顔を見せます。
▲アポロンの刺繍枠「Urd(ウルド)」に、糸六の絹糸。どちらもメイド・イン・ジャパンの輝きが。
▲会期中にあった「ミモザの日(国際女性デー)」にちなんで、相馬さんが現地で刺したリュネビル刺繍。
手工芸を愛し敬うフランスで、花ひらく日本の手工芸文化。取材をしながら、なんだかとても誇らしく、嬉しい気持ちで会場を後にしました。