更新日: 2019/04/24
つくりら初の海外取材スペシャル、舞台はフランス、パリです。年に1度、開かれる「Aiguille en Fete(レギュイユ・オン・フェット)」、通称「針の祭典」に合わせて、パリへと飛びました。「針の祭典」ルポ、パリの手芸屋さんめぐり、さらにフォトグラファー清水美由紀さんの特別寄稿を加え、スペシャルシリーズでお届けします!
撮影:清水美由紀 取材・文:平岡京子 現地コーディネート:窪田セリック由佳 取材協力:株式会社Apollon、糸六株式会社
フランス、パリで開かれる「Aiguille en Fete(レギュイユ・オン・フェット)」通称「針の祭典」は、手芸や手づくりに携わる人々からたびたび耳にしていた、憧れのイベント。
今回の旅では、「針の祭典」に出展した日本の刺繍枠メーカー、アポロンさん、そして視察に訪れた京都の老舗糸屋、糸六さんにも密着取材。そのお話は、2話、3話へと続きます。
「針の祭典」は、15年前に始まり、刺繍や裁縫、手芸全般の愛好家が集まる場として大きくなり、国際的に知られる見本市となりました。現在、出店者数は200店、来場者数は35000〜40000人にもなり、フランスの手工芸イベントとしてはリーダー的な存在なのです。
会場は、国際的な見本市が多数開かれることで知られるポルト・ド・ヴェルサイユ見本市会場。パリのメトロ12号線のポルト・ド・ヴェルサイユ駅から歩いてすぐのところにある、とっても大きな展示場です。
青い空にはためくフラッグが、日本で開催される類似した見本市とはひと味違う、洗練された雰囲気を感じさせ、期待が高まります。
▲ポルト・ド・ヴェルサイユ見本市会場。
手芸や手づくりを愛好する人たち、そしてテクニックやアイデア、素材を提供するショップやクリエイターが世界中から集う「針の祭典」は、この会場で開催されます。
▲会場の外にもひとめでわかるサイネージが。
パリに発つ前にプレス登録を済ませておいた取材陣は、まずはプレスルームへ。資料を持ち歩くためのプレス用バッグを受け取り、早くも気分が上がります。
▲プレス関係者に配られた資料を持ち歩くためのバッグ。柔らかいブルーのリネンにシルクスクリーンで白いプリントが施された優しいデザイン。
まずは、このイベントのメインコーディネーターの1人、バネッサ・ドゥーセさんへのインタビュー。センスの良さを全身で感じさせるような、自信に満ちた女性です。親日家で日本には友人も多く、度々訪れているそう。
▲快くインタビューに応じてくれたバネッサ・ドゥーセさん。
「針の祭典」は、世界中から多数の応募があります。出展するショップや会社はどのように選ばれるのかをお尋ねしたところ、なんと、バネッサさんともう1人のコーディネーターのマリオンさんが2人でセレクトしているのだとか。
「私たちが選考の基準としていることは、きちんとした製品を生産していること。伝統的なものや技術を伝えつつ、多彩にそのほかのものと融合していること。そして最も大切な基準でありルールは、自分でつくれるもの(do it yourself)であるということです」とバネッサさん。
▲2019年のパンフレット。
この会場で目にする素材やテーマのすべてが、単に商品の購入を目的にしたものではなく、手づくりに結びつくものであり、クリエイティブな感性を刺激し、手芸愛好者をより豊かな気持ちにしてくれるもの。そんな一貫した基準で選ばれているからこそ、これだけ大規模に魅力的な出展者と来場者を集めて開催できているのですね。
「手芸がお好きな方でも、日常の中では出会えないアーティストたちや、触れることのできない手工芸はたくさんあります。それらに出会い、触れるための場を、私たちは提供したいと思っているのです」
インタビューの最後、バネッサさんは、「ここに来場するお客様には3つの楽しみが待っていますよ」と教えてくれました。その楽しみとは、
1つ目は、テキスタイルなどを見る楽しみ。
2つ目は、有名作家のワークショップなどに参加する楽しみ。
3つ目は、それらの素材を購入する楽しみ。
眺めて、体験し、持ち帰る。 なるほど、これぞ、楽しみのトライアングル!五感をフルに働かせて、新しい発見をしよう!バネッサさんのアドバイスで、モチベーションがグーンとあがりました。
▲連日、多くの人が来場。初日は会場内には列ができるほどだったという。
バネッサさんおすすめのエリアから会場探索をスタート。このエリアは、伝統的なフランスらしさのある手芸技術が楽しめるお店が並んでいます。きょろきょろしながら歩き始めると、色づかいといい、表情といい、なんともパリ!な雰囲気を醸し出しているおしゃれ猫たちと目が合いました。
▲オディール・バイロウルさんのブランド「ODILE BAILLOEUL CRÉATION」のぬいぐるみキット。細部の布までキットに含まれているので、購入後すぐにつくれる。
こちらのぬいぐるみキットは、デザイナーのオディール・バイロウルさんが立ち上げたオリジナルブランド。オディールさんはパリで高等応用芸術を学び、紙、布、装飾、ファッションなどのデザインを始めました。2011年には自身のブランドを立ち上げ、自由で他にはないデザインの生地や縫製用のキットなどを制作・販売して人気を博しています。
赤い髪も赤い服も違和感なくしっくりくる陽気で楽しいオディールさん。どこかフォークロアな雰囲気も漂わせた新鮮な色彩やデザインが魅力です。
▲個性いっぱいのオディール・バイロウルさん。
まるで遊牧民のような自由なセンスとデザイン!パリらしさを感じる色づかいは、どこか懐かしく、そして味わい深さがありました。
「Des Histoires à Broder」―刺繍のお話―という名前を持つこの店は、クロスステッチなどのシンプルな刺繍から、細かく手の込んだデザインの刺繍、カルトナージュ用のオリジナルデザインなど、刺繍全般が楽しめるデザインやキット、生地などが大充実。
▲「Des Histoires à Broder」のブース。壁一面に飾られた赤糸刺繍は圧巻。
オーナーのアニー・ギユマールさんは、「来週は日本でカルトナージュのレッスンをするのよ」と嬉しそうに教えてくれました。
▲「独特な赤い糸の刺繍の美しさとデザインの可愛らしさは、パンフレットで見たときからお目当てのお店でした」と糸六の今井さん。アニー・ギユマールさんと笑顔で会話!
たくさんのキットの中でもひときわ目を引くのは、絶妙な色みの赤い糸で、フランスらしいモチーフが刺繍されたバッグや小箱。少女やキッチン用品、小花模様やパリの街並みなどが、刺繍愛好家でなくてもキットを購入してチャレンジしたくなる可愛らしさです。
▲このまま買って帰りたい!という衝動にかられるほど愛らしいバッグたち。キットを購入して、チャレンジしてこそ手に入るご褒美。
「私は日本がとっても好き、中でも京都が大好きです。京都の小さな路地や布を売るお店の場所も知っていますよ。糸六のような古い建物が大好き、できることなら京都に住みたいくらいなんです。ぜひ、次の機会に京都で会えるよう連絡を取り合いましょう!」とアニーさん。嬉しいご縁が生まれたことに、取材陣もにっこり。
華やかな糸の色合いに目を奪われたのは、フランスで1820年創業、200年以上の歴史を誇る絹糸の店「AU VER À SOIE」―蚕(カイコ)―です。「蚕」という名を持つこの店では、5世代に渡ってフランスで糸を製造しているそう。創業150年の糸六さんを上回る歴史の長さと、数多くの美しい色の糸に驚きました。
▲「AU VER À SOIE」の艶やかな絹糸。
「AU VER À SOIE」では、繭から直接紡いた糸に、柔軟性と輝きを与える加工を施すことで、高品質の絹糸に仕上げています。なんとこれは、創業以来続いている伝統的な手法なのだそう。ここで製造される上質な絹糸は、刺繍だけではなく、レースやアクセサリー、釣り用の毛針など、幅広い用途に用いられて親しまれています。
「AU VER À SOIE」が運営するワークショップスペース「刺繍バー」では、イタリアのリネンにセンス良く刺繍された作品が一面に飾られていました。それぞれの刺繍の隣には、作品に使用した糸が一目でわかるように糸も展示。このアイデア、参考になります!
▲「刺繍バー」の壁。
「実は糸仕事は苦手です」と言う糸六の今井さんも、「刺繍バー」のワークショップにチャレンジ。子どもからシニアの方まで、多くの方が気軽に参加して糸仕事を楽しんでいました。
▲「刺繍バー」で刺繍に挑戦する今井さん。
展示会場に併設されて注目を集めていたのが、クリエーターズブースです。コーディネーターによって選ばれた25人の個性的なアーティストの作品が、今年のテーマ「食物の色(ベジタルカラー)」に沿って展示されていました。
なかでもとりわけ心を惹かれたのは、テキスタイルデザイナーのマイロさんの作品。見てください!このオブジェ。いったい何だと思います?
これはすべてレース編み。大きなものから小さなものまで、古くなって捨てられそうなレースをあちこちから集めて、個性ある色に染めて、服飾用の接着剤を塗って瓶にかぶせたり、風船を入れたりして立体に仕上げたものです。
作品づくりのきっかけは、マイロさんのお祖母さんが使っていた1枚の古びたレース編みのコースター。そのレース編みになぜか心惹かれて、それを生かすために立体的に成形することを思いついたのだそう。
▲フランス北西部の古都ナントで暮らすマイロさん。
現在、彼女の作品を使ったディスプレイは人気を呼び、たくさんのショップのウインドウを飾っています。
▲マイロさんの作品で飾られたウインドウ。浮遊するように飾られたレースのオブジェが、不思議な空気感をつくり出している。
「針の祭典」のパンフレットをチェックしたとき、とても印象的だった鳥のブローチの写真がありました。名前を確認せずに展示ブースを訪ねてみると、作家名は小笠原里香さん。なんと日本人女性だったのです。
▲小笠原里香さん。パリと日本を行き来しながら作品を発表している。
小笠原さんは大学卒業後、アパレル会社勤務を経て、パリへ留学。日本でアクセサリーデザイナー、作家として活動を続けながら、年に一度パリを訪れ、オートクチュール刺繍の名門校として知られるエコール・ド・ルサージュで7つの課程を修了したそう。
中でも関心を持ったのは、18世紀のフランス宮廷で著名だったポンパドール夫人が自ら嗜み、愛したことで知られている伝統的で繊細なボヴェ刺繍。小笠原さんはその伝統技術を深めながら、美しく生かした独自の作品をつくり続けています。
ボヴェ刺繍の精密な質感にオリジナリティを加えているのは、ボタンやビーズ、すりガラス、石やパールなどのアンティーク素材です。
長年に渡り、パリと日本を行き来しながら作品を発表してきた小笠原さんですが、この夏初めて福岡で教室を開くことになったそう。オートクチュール刺繍の魅力に繊細な感性が溶け合った小笠原さんの作品。その制作過程とともに日本で再び出会えることが今からとても楽しみです。
パリ取材、第2話は「針の祭典」に日本から出展した刺繍枠メーカー、アポロンさんの物語です。