更新日: 2017/07/14
カリグラフィーとは、ギリシア語で“美しい書き物”という意味で、文字を美しく見せるための手法です。東洋の書と通じるものがありますが、用いるのは筆ではなく、専用のペン。日本では1980年半ばくらいから「文字のアート」として浸透していきました。すっかりデジタル社会となった今日、再びこの手書き文字に関心を寄せる人が増えてきています。今回は、そんな昨今のカリグラフィー再燃の火付け役で、日本でのワークショップも大人気という、インドネシア・ジャカルタ在住のカリグラファー、ヴェロニカ・ハリムさんのモダンカリグラフィーのレッスンにおじゃましました。
撮影:Crista Priscilla 取材・文:つくりら編集部 協力:Atelier Muguet
文字は人なり。指を伝って紙に放たれる手書き文字は、まるでその人の分身のよう。性格や人柄を表すこともあれば、その日の気分を映し出す鏡のようでもあります。心穏やかな日には文字も伸び伸びと幸せそうで、反対に苛立っているときの表情はどこかトゲトゲしく険しげです。
▲レッスン会場は、東京・世田谷にある「THE FORUM世田谷」。美しい日本庭園を眺めながら、カリグラフィーに集中できる環境は最高!
大学でグラフィックデザインを学んでいたヴェロニカさんが、初めてカリグラフィーを知ったのは、タイポグラフィーのクラスを受講したとき。ひとつとして同じものがない手書き文字に興味を覚えました。大学卒業後、グラフィックデザイナーとしての仕事に就くと、長時間パソコンに向かい、データのやり取りに追われるように。めまぐるしく過ぎる日々に心が殺伐としてくるなか、ふと大学時代に習ったカリグラフィーを思い出し、再びペンを取りました。すると不思議なことに、文字を書いている間は、それだけに集中することができ、安らかな気持ちが戻ってきたのだそう。
この“カリグラフィーはじめて物語”は、レッスンの冒頭でヴェロニカさんが話してくれたストーリー。思い出すのは、硯に向かい黙々と墨をすっていた高校時代の書道の時間。確かに雑念を振り払っていたかも。カリグラフィーの世界もそれに近いのかな? そう思ったらすっと背筋が伸びました。
カリグラフィーには、先のとがったペン先を使う「ポインテッドペンカリグラフィー」と、平らなペン先を使う「ブロードペンカリグラフィー」の2つのカテゴリーがあるそう。ヴェロニカさんが教えているのは、前者のカテゴリーに入る、クラシックなカッパープレート書体とフリースタイルのモダンカリグラフィー。今回参加したのはモダンカリグラフィーのレッスンです。ウエディングシーンなどで人気のスタイルで、しっかりとしたルールがある他の書体に比べると、かなり自由。カリグラファーの数だけ書体があるともいわれています。
レッスンは、ヴェロニカさんが用意してくれた練習シートに沿って、ベーシックストローク、アルファベットの大文字・小文字、よく使うフレーズへと進みます。それぞれのシートに取りかかる前にヴェロニカさんのデモンストレーションを見学、その後各自の練習に移る、という流れです。
まずはニブと呼ばれるペン先をペンホルダーに取りつけるところからスタート。よく見るとペンホルダーは先が曲がっています。これはオブリークホルダーといって、斜体が書きやすいように開発されたペンホルダーなのだそう。
▲ワークショップでは、カリグラフィーに必要な道具はすべてヴェロニカさんが用意してくれる。カリグラフィーの説明書と練習シート、木製ペンレスト、ペンホルダー、ペン先、インク、アルファベット見本、そして特製バッグ。
▲モダンカリグラフィーのアルファベット見本は、ヴェロニカさんの書体をハンドメイドペーパーにゴールドの文字でレタープレス印刷したもの。席についた瞬間、このシートが目に飛び込み、一気に気分が上がる。
ベーシックストロークのシートには、直線や楕円などが書かれています。ほとんどのアルファベットはこのストロークの組み合わせなので、ここをしっかり練習しておくことが大切なのだそう。
▲ベーシックストロークの練習シート。
先端が二股に割れているニブは、力を加えると先が開いて太い線が、力を抜くと先が閉じて細い線が書ける。このルールで文字の太さを書き分けるのだそう。なるほど。書き進めるうちに、上から下へのダウンストロークは力を入れて太く、下から上へのアップストロークは力を抜いて細く、という要領がつかめてきます。
いざ書き始めてみると、ペン先がうまくはまらない、インクはすぐにかすれてしまう・・・。早くも壁にぶつかります。ヴェロニカさん、ヘルプ〜! 毎回、そんな生徒さんも多いのでしょう、ゆっくりとテーブルをまわってひとりずつチェックしてくれます。慣れないオブリークホルダーを持つ手を上から支え、書き方の要領を教えてくれることも。
▲オブリークホルダーの持ち方、力の入れ方、ペン先の角度など、ヴェロニカさんに手を持ってもらうとコツがつかめてくる。
ベーシックストロークを終え、アルファベットに進むころには、だいぶ感覚をつかめるように。ヴェロニカさんの見本を見ながら、順調に書き進んでいきます。
デモストレーションタイムには、生徒さんがヴェロニカさんの席を囲みます。レッスン中は写真や動画撮影がOKなので、筆の動きを熱心に撮影する人の多いこと!ヴェロニカさんがペンを握ると、まるでペン先に”カリグラフィーの神様”が宿ったかのように、スルスルと紙の上を滑り、美しい線を残していきます。
▲ヴェロニカさんの席に集まり、熱心に写真や動画撮影を。ペン運びをじかに見ると、ペン先の角度や傾きがよくわかる。
アルファベットやフレーズの練習の合間には、ひとりずつ自分の好きな言葉をヴェロニカさんに書いてもらえるという、うれしいサプライズも。ある人は名前を、近々結婚する人はふたりの名前を、自身のブランドを持っている人はブランド名を・・・。思い思いの期待に胸をふくらませ、順番にヴェロニカさんのテーブルへ。
▲生徒さんのリクエストに応じて、小さなカードに即興で書いてくれる。
「ヴェロニカさんの好きな言葉、何でもいいので書いてください!」 そうお願いすると、“Never forget practice.”(練習を続けてください)と書いてくれました。はい、「ローマは一日にしてならず」です、ね。
ヴェロニカさんのレッスンに参加するもうひとつの楽しみは、会場のディスプレイ。彼女のインスタグラムにアップされる美しい世界を生で堪能できる貴重な機会なのです。今回は、午後のクリエイティブ・カリグラフィーのクラスでつくるハーブティーのギフトセットが飾られていました。
▲カリグラフィーを取り入れてさまざまな暮らしの小物をつくるクリエイティブ・カリグラフィークラスは、Atelier Muguetがプロデュース。このときのテーマはギフト。ハーブを題材にカードやパッケージが並ぶ。
▲半透明のトレーシングペーパーには、ホワイトインクでカリグラフィーを。白に白を重ねる上品でエレガントなアイデア。
▲テントカードのようなこちらは、ハーブティーギフトのパッケージに使うもの。
ブーケに巻かれていたのはカリグラフィーのリボン。カリグラフィーをデジタルデータにしてリボンメーカーにつくってもらったというヴェロニカさん特製です。花束にちょっとカリグラフィーを添えるだけでおしゃれ度がぐっとアップ。こんなふうに楽しめるんですね。
「デジタルでつくらなくても、ペーパースクロール(紙の巻きもの)に直接文字を書いて、ブーケに巻きつけるだけでも素敵ですよ」とはヴェロニカさんのアドバイス。
▲自身の名前や好きなメッセージを書いたオリジナルリボンは大人気。「オーダーをいただければ、おつくりもできます」とうれしい一言が。
2017年3月に出版されたヴェロニカさん初の著書『カリグラフィー・スタイリング』では、カリグラフィーを暮らしのシーンに取り入れるさまざまな方法が紹介されています。カードやオーナメントといったおなじみのものから、ギフトパッケージ、フラワーアレンジや料理とのコラボレーション、ウエディングの招待状などなど。美しいスタイリングと一緒に、登場作品の書体見本やつくり方まで紹介されていて、まさにカリグラフィーでできる可能性がぎゅっとつまっています。
レッスンにはこの本を持参した方も多くいらっしゃり、ヴェロニカさんはその1冊1冊に、生徒さんの名前とともにメッセージを綴っていました。
▲生徒さんが持参した著書にサインをするときはゴールドのマーカーで。
美しいスタイリングができる日を夢見て、“Never forget practice.” まずは自分の名前と”Thank you”をスイスイ綴れるようになるのがファーストステップです。
ヴェロニカ・ハリム(Veronica Halim)
インドネシア・ジャカルタ在住のデザイナー&カリグラファー。自然界の有機的な形やパターンに深く影響を受け、流れるような美しいカリグラフィーを生み出す。豊かな表現力と繊細さに加え、グラフィックとしての質の高さも兼ね備えた書体スタイルは多くの人を魅了し、グローバルに活動の場を広げている。シャネルやBMW、グッチ、ペンハリガン、TWGなどの一流ブランドからも頻繁に依頼を受け、その仕事は世界的に高く評価されている。2017年3月には、初の著書本『カリグラフィー・スタイリング』(主婦の友社)を日本で出版。現在、日本、シンガポール、ジャカルタで定期的にワークショップを行っている。
URL: https://www.veronicahalim.com
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花とカリグラフィー(後編)|芍薬と季節の草花で彩るブーケ。つぼみから満開、散り際までの美しくも儚いストーリー。
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