インテリア, フラワーアレンジメント, フランス, ブーケ, 季節のイベント, 暮らし, 植物, 花
インテリア, フラワーアレンジメント, フランス, ブーケ, 季節のイベント, 暮らし, 植物, 花
更新日: 2020/12/16
フラワーデザイナー&フォトエッセイスト斎藤由美さんの連載、「パリスタイルで愉しむ 花生活12か月」。第22話はアネモネと枝もののお話です。
撮影・文:斎藤由美
冬がやってくると、すっかり葉を落とした裸木の美しさにハッとして、立ち止まっては写真を撮ってしまいます。その繊細なラインは、パリの冬特有のグレイッシュな空に描かれた銅版画のよう。葉が繁っているときには気づかなかった、それぞれの造形の違いにも興味を惹かれます。
まるで人工的にコケを貼りつけたかのような、コケボクの存在を知ったのはフランスに来てから。その色や質感のおもしろさに魅了され、冬のレッスンに常備しています。私にとってコケボクは、どんな花と合わせてもブーケをかっこよくしてくれる魔法の花材。コケボクの良さを引き立てるために、ごくごくシンプルな組み合わせにするのがコツです。
数年前、パリに1ヶ月の花留学に来ていたHさんの最終レッスンは「自由花材」にしました。Hさんが花市場で選んだのは深い色のアネモネ50本。ボルドーから紫の美しいグラデーションを生かすために、私が提案したのはコケボクでした。
コケの灰緑色が濃い花色を引き立てます。コケボクだけだと柔らかいアネモネの茎が折れてしまうので、クッションの代わりにアイビーも加えて。一見、誰にでもできそうなブーケですが、ここまで潔く引き算した組み合わせと、大胆なコケボク使いは長年花の仕事をしているHさんにも新鮮に写ったそうで、感激してもらえました。
以後、このブーケを見た人たちから「私もコケボクのブーケをつくってみたい」という希望が相次いでいます。
秋にパリ近郊にあるランブイエの森へ行ったときのこと。遊歩道を進んでいくと、コケボクがバサバサと倒れている場所がありました。
近くの花農家に移住した日本人フローリストYさんが企画する花遠足で、私たちはキノコ狩りに来ていたのですが「コケボク部」部長を名乗る私としては、見逃すわけにいきません。見つけたらみんなが大喜びの高級セップ茸そっちのけで、コケボクを採集。大きな束を抱えて帰りの電車に乗りこみました。家にある古い缶にざっくり入れただけで絵になる、と大いに自己満足。
ランジス花市場のフォイヤジスト(葉や枝の専門業者)コーナーに行くと、長さ30cmほどの小枝から、3mもある見事なコケボクを目にします。元同僚で、現在はローマで活躍するフローリスト、アレッサンドロ・カンビも、パリでの仕事の際、コケボクを購入。ヴァンドーム広場に面したラグジュアリーな会場装飾に使用していました。
フローリストにとって冬の主役は、ラナンキュラスとアネモネが双璧といえるでしょう。まだ秋の途中で突如、花市場に登場するアネモネを見ると「ああ、また寒くて暗い冬がやってきてしまう」と素直に喜べないのですが、このみずみずしい花びらと茎、心躍る色が確実に冬を彩ってくれます。
この華やかな主役の座を奪いそうなのが枝もの。「これは何ですか?」と聞かれることが多く、注目度はアネモネより高いくらいです。ぐにゃぐにゃ曲がったノワゼチエ(ハシバミの木)もコケボク同様、名脇役。花が終わった後、ほかの花に差し替えてもいいし、枝だけ飾るのも粋な空間装飾になっておすすめです。
サパン(モミ)ではなく、枝にオーナメントをつけたウィンドウディスプレイも洒落ています。老舗のキャンドル専門店ではウインドウに枝を吊るし、日本の組紐をデザインしたステッカーを貼っていました。
ちなみにブティックのファサードを飾るガーランドやイルミネーションは、2月までそのまま。ノエル限定ではなく、長い夜を彩る「冬のデコレーション」なのですね。サパン・ド・ノエル(クリスマスツリー)も25日が終わったら、すぐに片づけるのではなく1月中旬まで飾っている家庭がほとんどです。
ブナやエノキに半寄生するギイ(ヤドリギ)は冬でも青々とし、球形の不思議な形から、古代よりヨーロッパで神聖な植物とされているそう。魔除けや幸福のシンボルとしてこの季節に飾られます。我が家のクリスマスパーティーにもアネモネとギイのミニブーケを食卓に添えました。
またギイの下では誰にキスをしてもいい、という言い伝えがあり「大晦日のシャンゼリゼには、ギイの小枝を頭の上にかざした男性が寄ってくるから、行かない方がいいよ」とアドバイスされたことがあります。日本と違い、フランスの大晦日は友達と過ごす日で、羽目をはずす若者も多いのです。
日本ではモミの木はクリスマス、松はお正月というイメージが強いと思います。とくにお正月飾りがないフランスでは、松も冬の枝もののひとつとして投げ入れやブーケによく使います。とはいえ、私は年末になると松をひと枝持ち帰り、壁掛けの陶器に挿して赤い紐を垂らし、新年を迎える準備をします。小枝をまとめて七草がゆの箸置きにすることも。
さて、今年は歴史に残る1年となりましたね。私のレッスンに来てくださる方はほとんどが日本から。毎年恒例だった花イベントや一時帰国レッスンに行くこともできなくなり、仕事上、大きな変化が訪れました。しかしオンラインレッスンという新しいことに挑戦できたこと、家族とのコミュニケーションや家事を愉しむ時間が増えたことなど、私個人としてはいい面もあります。こうして1年間の連載にじっくり取り組めたのもよかったことの1つです。
閉塞的な生活の中でも、植物があると心が和むことを再認識した2020年。記事を通して、特別なことと気負わずにほんの一輪、ひと枝を暮らしに添えるきっかけになったらうれしいです。新しい年を健やかに、希望を忘れずに迎えたいと思います。
Joyeuse fête (ジュワユーズ フェット)よい年末年始を!
斎藤由美
パリ在住フラワーデザイナー/フォトエッセイスト。信州で花教室主宰後、2000年パリへ花留学。著名なフラワーアーティストの元で修行。コンペに勝ち抜きホテル・リッツの花装飾を担当。現在は驚異のリピート率を誇るパリスタイルの花レッスンと執筆が主な活動。花市場と花店視察など研修ツアーも手がける。著書に『シャンペトルのすべて』『コンポジション』『二度目のパリ』などがある。
インスタグラム: @yumisaitoparis
ブログ「パリで花仕事」:https://ameblo.jp/yumisaitoparis/
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