更新日: 2020/06/17
フラワーデザイナー&フォトエッセイスト斎藤由美さんの連載、「パリスタイルで愉しむ 花生活12か月」。第10話は、9話に引き続き、バラのお話。パリおよびパリ近郊のバラ園の情報もお届けします。
撮影:斎藤由美、栗本光代(バガテル庭園) 文:斎藤由美
小学生のころ、下校途中にフェンスから大きく飛び出しているバラを1輪もらっては家に帰っていました。新鮮な香りを吸い込むように思い切り鼻を埋めると、燃えるような紅色の中心は驚くほどひんやりとしています。また、花びらを一枚ずつはがしては、ビロードを思わせるしっとりとなめらかな感触を愉しんだものです。
最近まで、誰でも子どものときにしたことがあると思っていましたが、周りに聞いてもみな首を横に振るばかり。昭和の、田舎の、大らかな雰囲気のおかげでできた貴重な経験だったのかもしれません。
バラといえば、もう1つ思い出があります。父が花好きで、庭にはきょうだいそれぞれバラの木がありました。私はピンク、妹は黄色、弟は白い花。3本が出窓から見えるところに並んでいたのです。私にとってあまりにも普通の風景だったのですが、あるとき、ふっと思い出してレッスン中にその話をすると「なんて素敵なんでしょう!」とみなさんそろって目を輝かせます。
花に携わる仕事をしているのは、まったくの偶然ではなく、父の影響が大きいことを時折思い知らされます。そうとは意識せずに始めましたが、今は亡き父にお礼をいいたい気持ちです。
花泥棒は罪にならない、とどこかで読んだ記憶があるとはいえ、さすがに大人になってからは人さまの庭から、たとえ公道に飛び出していたとしても、バラを頂戴することはなくなりました。今は携帯電話で簡単に美しい姿を残せるようになったのもありがたいことです。
というわけで5月中旬から6月は、あちらこちら寄りながら写真を撮るため、目的地に着くのにいつもの倍以上、時間がかかります。郊外に行くと一軒家が並び、どの庭にも必ずといっていいほどバラが植えられているので、なおさらです。色、形、咲き方もさまざまで、どれも甲乙つけがたく、またレンガや石造りの洋館に映えることといったら!中央分離帯までバラで埋め尽くされています。
毎週末のようにおじゃまするベルナールの家にもバラの原種といわれる一重のバラ、エグランティーヌが咲いています。
最初に庭をひと回りしてミント、ノワゼティエ(ヘーゼルナッツの木)の銅葉、アイビーなどを採取。さっと束ねてテーブルの上に飾ります。この季節になると、庭でのバーベキューランチが何よりの愉しみ。冬の間、欠乏していた分を通り戻すかのごとく太陽を浴び、湿度の低い爽やかな風に吹かれ、冷えたワインを飲みながら、のんびりおしゃべりして、旬の食材をひとつひとつ味わっていると、あっという間に夕方になってしまいます。といっても6月は陽が長く、暗くなるのは22時過ぎなのですが。
パリ周辺のバラ園で有名なのが、16区、ブローニュの森にあるバガテル庭園(Parc de Bagatelle)。およそ1200種類のバラ、約1万本が植えられています。
もう1つは南郊外のライ・レ・ローズ(L’Hay-les-roses)。1.5ヘクタールの敷地に2900種類以上のオールドローズが咲き競う様はおとぎ話のよう。どちらも有料ですが、大変見応えがあります。
もう少し足を伸ばすと、パリから北へ約100kmのところにジェルブロワ(Gerberoy)というバラの名所があります。歩いて回れる小さな村は「フランスの最も美しい村」のひとつに認定されていて、木組みの家やパステルカラーの壁によく手入れされたバラが咲き、どこをどう撮っても絵になる場所。
村なので入場料などは不要ですが、車がないと少々不便です。近年は日本の雑誌やテレビ番組で取り上げられ、モネの庭で有名なジヴェルニーと一緒に1日でまわるバスツアーも催行されるようになりました。毎年6月第3日曜日にバラ祭りが開かれます。
さらに足を伸ばせるなら、ノルマンディー地方にあるグランヴィル(Granville)という街もおすすめです。第1話、ミモザの回にも登場しました。ビーチがあって魚介がおいしく、古い家並みが残っている魅力的な街は、クリスチャン・ディオール氏の生家があり、現在は美術館になっています。
海を臨む小さなバラ園は無料でアクセスでき、4月から9月まで営業するサロンドテで花に囲まれたティータイムも愉しめます。毎年趣向を凝らしたディオールのドレスが見られる展覧会もすばらしいので、ぜひ美術館も訪問を。
最後に郊外まで行く時間がない方には、パリ市内でバラが美しいスポットを2つ紹介しましょう。
1つは12区にあるヴィアデュック・デザール(Viaduc des Arts)。バスティーユ新オペラ座の裏手から続く約1.2kmの遊歩道です。ここは高架橋でパリのアパルトマンを高い位置から眺められる興味深い立地。バラの季節以外でも充分散歩を愉しめます。
もう1つは5区にあるパリ植物園(Jardin des Plantes)に併設のバラ園。とてもコンパクトながら、すべて違う種類が植えられていてバラエティに富み、見応えがあります。時間がない人、たくさん歩けない人も堪能できる穴場。以上2つは無料です。
その年によって開花時期は異なりますが、5〜6月にパリに来る機会があったら、ぜひ訪れてみてください。個人的に、花好きだったらパリに行く目的が「バラ観賞」でもいいと思います。
斎藤由美
パリ在住フラワーデザイナー/フォトエッセイスト。信州で花教室主宰後、2000年パリへ花留学。著名なフラワーアーティストの元で修行。コンペに勝ち抜きホテル・リッツの花装飾を担当。現在は驚異のリピート率を誇るパリスタイルの花レッスンと執筆が主な活動。花市場と花店視察など研修ツアーも手がける。著書に『シャンペトルのすべて』『コンポジション』『二度目のパリ』などがある。
インスタグラム: @yumisaitoparis
ブログ「パリで花仕事」:https://ameblo.jp/yumisaitoparis/
パリスタイルで愉しむ 花生活12か月 第1話 ミモザ
パリスタイルで愉しむ 花生活12か月 第2話 ミモザのアレンジメント
パリスタイルで愉しむ 花生活12か月 第3話 チューリップ
パリスタイルで愉しむ 花生活12か月 第4話 桜と木蓮
パリスタイルで愉しむ 花生活12か月 第5話 リラとビバーナム
パリスタイルで愉しむ 花生活12か月 第6話 ミュゲ(スズラン)
パリスタイルで愉しむ 花生活12か月 第7話 ピヴォワンヌ(シャクヤク、ボタン)
パリスタイルで愉しむ 花生活12か月 第8話 ピヴォワンヌとフリチラリア
パリスタイルで愉しむ 花生活12か月 第9話 ローズ・ド・ジャルダン