インテリア, フラワーアレンジメント, フランス, ブーケ, 暮らし, 植物, 花
インテリア, フラワーアレンジメント, フランス, ブーケ, 暮らし, 植物, 花
更新日: 2020/03/18
フラワーデザイナー&フォトエッセイスト斎藤由美さんの連載、「パリスタイルで愉しむ 花生活12か月」。第4話に登場するのは桜と木蓮です。
撮影・文:斎藤由美
「一番好きな花は?」と聞かれ「え〜?今はアネモネっていうだろうけど、シャクヤクだって捨てがたいし、季節ごとに大好きな花があって選べない!!」と困惑するフランス人フローリストたち。そんな彼らを前に、私は「桜!」と即答します。
長野県松本市の東部にある弘法山は春になると一帯が桜で覆われ、風がほんのり桜餅の香りがするのです。それ以来、すっかり桜の精の虜になってしまいました。たおやかな花はいわずもがな。初夏の新緑、秋の紅葉、冬の裸木になった姿も美しく、木肌は艶やか。
私がレッスンを行っているフラワーショップ「ローズバッド・フローリスト」からわが家まで一本道で帰れるのですが、クリュニー中世美術館の裏にある桜が日本の桜に一番よく似ていて、開花の季節には遠回りして帰ります。
さらに花は塩漬けになって、視覚と味覚、嗅覚も楽しませてくれます。
以前、ルーヴル美術館で行われたイベント装花のため、日本から来た知人に、注文いただいた桜と差し入れの桜おにぎりを届けました。
春先、ホームパーティーに呼ばれたときもこのおにぎりを持っていくと、とても喜ばれます。球体の抜き型と桜の塩漬けさえあれば、料理のテクニックも時間も必要ありません。なのに場が盛り上がること請け合いです。
ブーケを束ねるときは「ネトワイエ」といって、茎の下半分にある花や葉をすべて取り除く作業がもっとも大事、とレッスンでもお伝えしています。しかし桜だけは特別です。なるべく可憐なつぼみや花を落とさないですむように、頭をひねります。
どうしても取り除かないといけない枝は、どんなに短くても集めて家に持ち帰り、薬瓶に挿したり、片口に斜めに添えたり、お皿に浮かべて小さな景色を楽しみます。
家の花飾りは桜の場合も、ごくシンプル。
長い枝は京都の陶芸家の壁掛け花器に入れて、パリのアパルトマンらしいレリーフとの共演を愉しんでいます。
ご家庭でもいくつかのグラスに入れて窓際に並べたり、センターテーブルにしたりしてもいいと思います。そのときグラスはすべて同じ形でなくても大丈夫。高さも形もバラバラな方が目新しく、おもしろい効果が得られます。
昨春、パリで有名な三ツ星レストラン「ピエール・ガニエール」で桜を活ける機会に恵まれました。後日、メンテナンスのため再び足を運んだときのことです。2日前に生けた桜は見事な満開。次の活け替えまで、床にもテーブルにも花びらがこぼれるに違いありません。
日本では花びらが落ちる花を定期装花で使えない、という話を聞くのですが、世界中から超一流の料理を味わいに来ている人たちは、「風流」というものがわかっているのですね。テーブルの上に桜の花びらが散っている、なんて無粋なことはおっしゃらないようです。メンテナンスは花を散らさないよう、そっと花器に水を足し「あと2日、がんばってね」と声をかけて終了しました。
以前、仕事を辞めてパリに移住した友人が、あまりの暗い冬に耐えかね、軽いうつ状態になってしまいました。プレゼントされた1本の桜がどんなに気持ちを慰めてくれたかを後に語ってくれました。花がすっかり散ってしまっても捨てられず、水を替え続けていたら葉が出てきて驚いたけれど、その生命力に励まされた、とも。夜、壁に映る枝の影がこんなに美しいことも初めて知ったのだそうです。
パリから郊外行きの電車、RERのB線に乗って南へ約15分。桜の名所として知られるソー公園があります。面積は181ヘクタール、東京ドーム約40個の広さを誇る壮大で、シャトーも存在する優美な公園。この中に白い桜だけを集めた園と、濃いピンクの八重桜の園があるのです。
毎年4月の後半は、この桜園の芝生に寝転がり「たわわ」という言葉がしっくりくるボタン桜を愛でながら、うとうとしたり、ゴージャスな花吹雪にまみれたり。のんびりぜいたくな時間を過ごします。
フランスでは公園での飲酒が禁じられていますが、お花見に集まる日本人(最近はそれ以外のアジア人も多くなってきました)の宴には寛容なようです。文化に対するリスペクトがあるところが、フランスのいいところの1つだと思います。
さて、日本の春を代表する花といえば桜ですが、フランスで桜に匹敵するのがマニョリア(木蓮)ではないかと思います。必ずといっていいほどパリの公園に植えられ、その存在感はまさに女王級。
家の前の小さな公園にも立派なマニョリアが植えられていて、さらに幸運なことに隣の桜も同時期に咲くのです。
大人の握りこぶしほどある大きな花が集まっている様子は夜見ると、まるでぼんぼりが灯されているかのようです。
週末は郊外にある知人の家に招いてもらうことが多いので、パリでは見かけない一軒家の庭を見ながらゆっくりと、しかし眼光はやけに鋭くキョロキョロしながら歩きます。
マニョリアの花びらは肉厚で、色は白もありますが、パリ近郊ではピンクが圧倒的多数。日本の花市場では黒に近い紫の「カラスモクレン」を見つけました。開花前、銀のビロードをまとったような、つぼみのシルエットからすでに絵画のようです。
枝をピッチャーなど背の高い器に挿しておけば、とくに向きを定めなくても形になり、それだけで洗練された空間が演出できます。枝物はかなり長い期間もつので、自宅の花飾り初心者にはとくにおすすめの花材です。この春、ぜひお試しください。
斎藤由美
パリ在住フラワーデザイナー/フォトエッセイスト。信州で花教室主宰後、2000年パリへ花留学。著名なフラワーアーティストの元で修行。コンペに勝ち抜きホテル・リッツの花装飾を担当。現在は驚異のリピート率を誇るパリスタイルの花レッスンと執筆が主な活動。花市場と花店視察など研修ツアーも手がける。著書に『シャンペトルのすべて』『コンポジション』『二度目のパリ』などがある。
インスタグラム: @yumisaitoparis
ブログ「パリで花仕事」:https://ameblo.jp/yumisaitoparis/